「人と関わるのが苦手」には2種類ある

一昨日の初めての投稿に
スキ♡をしてくださいまして、
ありがとうございます。
嬉しかったです♡

プロフィールや、画像などは
追い追い整えていきます。
(まだよくわかっておらず…です)

さて。

人と関わるのが苦手、という場合には
大きく分けると2種類あると思っています。

「関わり方がわからなくて苦手」
と、
「関わること自体が苦手」

です。
もちろん他にもあると思います。

ここで言う、
「関わり方がわからなくて苦手」は
本当は関わりたい、関わった方がいい
とは思っているけれど、
どうやって関わればいいのかがわからなくて苦手。

「関わること自体が苦手」は
そもそも関わることに対して消極的で
関わり方以前の苦手、です。

私は、後者でした。
人と関わりたい、という気持ち自体が
とても薄かったと自覚しています。

その理由は明確で、
“嫌な人だったら嫌” だから。

いざ関わってみたら、
自分が傷ついたり、嫌な思いをするような
そんな人だったら嫌だから、です。

関わってみなければ、
そういう人なのかどうかは分かりません。
そして、周りにいる全ての人たちが
私にとって嫌な人ばかりではないことも
頭では理解できるのです。

でも私は、嫌な人と関わらない方法として、
「極力人と関わらない」を選びました。

その思いがあまりに強くて、
仲良くなれるかもしれない人や
嬉しいご縁になるかもしれない人との
出会いも一緒に手放すことになっていると
気づいたのは、随分大人になってからでした。

なので、ひとりでいることを
寂しいとか、嫌だとは
あまり感じたことがありません。
ひとりでいれば、傷つくことはないからです。

こうして文字にしてみて
自分でも、なかなか重かったなと
ちょっとびっくりしています😅
でも、本当にそう思っていたんですね。

そのことがある意味、
自分を傷つけていることになるんだと気づけたのは、
これもまた随分大人になってからのことです。

どうしてそんなに
人と関わるのが嫌だったのかというと、
嫌なことに対する抵抗力、と言いますか、
防御能力のようなものが、
とても低かったんだと思うのです。
ダメージに、ものすごく弱い…。

それが自分でわかっているから、
弾が飛んでくるところには
自ら出ていかない、を選択した。

家から外に出なければ
“初めての人”という弾は飛んでこないですから。

それでもまだ怖くて、
家の塀を要塞のように高くし、
入口がわからないように草で隠し、
鍵をいくつも取りつけた上で
部屋の中でも鎧をつけていた感じだったのです。

あの…

書いていることは大袈裟でなく
その通りだったんですけれど、
客観的に読むと、
なぜここまでこじれていたんだろ、と
ちょっと…ため息ついちゃいました。

今はですね、随分脱出できてきまして、
「要塞つくって、重い鎧を着てたら
 安全どころか 何かあった時に
 身動き取れないんだよ?」
って、分かるようになりました。

本当の意味でそれが分かったのは
スッキリを離れた後のことですけれど。








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