茶のしずく石鹸事件のその後と一般的な小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)の予後

加水分解物小麦含有石鹸使用による小麦関連アレルギー疾患発症、いわゆる「茶のしずく石鹸事件」のその後を追跡した論文①と一般的な小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(WDEIA)の予後をみた論文②を取り上げます。

① Hiragun M, et al. Allergol Int. 2013.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=23880617

対象: 2010年1月から2011年6月にWDEIAと診断された患者36例(うち30例は茶のしずく石鹸使用)

方法: 詳細な病歴確認、皮膚プリックテスト、抗原特異的IgE抗体検査、ヒスタミン遊離試験を実施し、臨床症状の経過とともにこれらの検査結果を追跡。

結果: ω-5グリアジン特異的IgE抗体価よりもグルテン特異的IgE抗体価のほうが高値であり、加水分解物小麦含有石鹸の使用中止によりグルテンに対する反応が減少した。

② Hamada Y, et al. J Allergy Clin Immunol Pract. 2019.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=31678299

対象: 16歳以上の成人発症小麦アレルギー(95%以上がWDEIA)でω-5グリアジン特異的IgEが陽性の111人

方法: 2010-2014年時点と2016年時点の両方でIgEを測定できた63人を対象に抗体価の推移を調査

結論: 85%以上の人ではω-5グリアジン特異的IgE抗体価は下がらない

<個人的コメント>

2005年から2010年に延べ約467万人に対して販売された「茶のしずく石鹸」を使用した人に小麦関連アレルギー疾患が続々発症しました。
この「茶のしずく石鹸事件」は、当時乳児期を対象に研究と立証が進んでいた「経皮感作からの食物アレルギー発症」が成人でも起こりうることを、意図せずに社会的に大規模に検証してしまったことで、国内のみならず国際的にも注目を浴び、厚生労働省やアレルギー学会がその実態調査と疫学的研究に乗り出します。
https://www.jsaweb.jp/modules/news_topics/index.php?content_id=110
(↑一般の方向けのQ&Aなどわかりやすい資料もあります)

これらの研究・調査結果は多くの学術雑誌に症例報告、後ろ向き研究、レビューとして掲載されています(PMID: 23963475, 23093796, 23205470, 22892229など)。
また感作経路としては経皮のみならず経結膜や経鼻粘膜も考えられています。

不運にもこの事件の被害者となってしまった方の予後をみると、①の論文では茶のしずく石鹸の中止後にグルテン特異的IgE抗体価が減少し、再び小麦を食べられるようになった方もいることが明らかになっています(一部の方は寛解せずになお苦しんでいる方もいらっしゃいます)。
すなわち抗原の経皮・経結膜・経鼻粘膜の感作経路を完全にブロックすることができれば、一般的に寛解しにくいとされている成人発症の食物アレルギーも寛解しうることが示されたという点で注目すべき研究結果と考えられます。

一方、茶のしずく石鹸事件とは関係のない成人発症のWDEIAにはω-5グリアジンへの感作が主に関連していることが明らかになっていますが(PMID: 29477569など)、その予後を定量的に評価する研究が不足していました。
今回、②の論文ではω-5グリアジンの抗体価が経時間的に減少する人はごく少数であることが示され、この疾患が寛解しにくい可能性を示唆する結果となりました。

同じ「成人発症小麦アレルギー」でもその予後や病態が感作抗原や感作経路によって異なることは興味深く、今回取り上げた2つの論文をはじめとした各種報告には、予防や寛解を目的とした研究があまり進んでいない成人領域の食物アレルギーへのアプローチへの知見がつまっている可能性があると考えます。

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