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1350_ シェル・シルヴァスタイン「ぼくを探しに」
実のところ、若い頃の悩みなんてものは、歳を取れば解決することが、割と世の中多いかもしれない。
なんであんなことに悩んでいたんだろう、というやつだ。学校に嫌な奴がいるとか、ニキビを気にし過ぎて相手と面と向かって話すことができなかったとか。
でも実際、当時は大問題だったんだ、という反論が昔の自分から来ることだろう。思春期の妙なこだわりなんてものは、半ば宗教じみていると言ってもいい。
親への反発とか、自分というアイデンティティの確立とか、いろんな要素はあったのだと思う。だけど、親もやがて老いていき、自分で金を稼いで社会で生きていくのだとなると、世の中には白と黒だけではない微妙なグラデーションが存在しているのだということを自覚していくからだと思う。
あとは加えて、ポジティブないい意味での諦めというか、「まあ結局世の中そんなもんだ」「人生色々あるさ」っていう、非常にざっくりしていて呆れるほど包括的な言葉が、自分の中で意味を持ってきたのかもしれない。
ある意味、浪花節とか演歌の世界観に近い、とでも言ったらいいだろうか。自分と周囲に対する緩やかな許しみたいなものができるようになるというか、わざわざ相手に刃を突き立てて突き詰めていかなくなれる。
シェル・シルヴァスタインの「ぼくを探しに」という大好きな絵本がある。それまで自分に合致する何かか足りないと探し求めていたけれど、自分とかみ合う相手が現れてから、だんだんと自分も変わっていくという話。
要は、周りに研磨されたり、足りない部分を埋めてもらうと、いい感じに角が取れて丸くなったので、途端に人生もうまく転がっていけるようになったってこと。
だから、今悩んでいる若い人も、歳取れば割と楽になるから、大丈夫だよ、と言ってあげれれば良いと思う。単純過ぎるわ、オッサン。とでも言われそうだけど、ホントにその通りだから、今にわかるよって感じです。