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AOP(反抑圧的ソーシャルワーク)とは何か|【新刊ためし読み】『脱「いい子」のソーシャルワーク』

『脱「いい子」のソーシャルワーク』という本ができました。本書の魅力はなんと言っても、反抑圧的ソーシャルワーク(通称AOP)の理論から実践までを、日本で初めて紹介したことです。

ここでは、「AOPってそもそも何?」というみなさんのために、坂本いづみさん(トロント大学)にまずは解説していただきます。AOPについて長年研究し、その領域では世界的に知られている坂本さんによる解説は必見です!

*この記事は『脱「いい子」のソーシャルワーク』第1章を抜粋、再構成したものです。より詳しくお知りになりたい方は、ぜひ書籍をお手にとってみてください。
https://gendaishokanshop.stores.jp/items/6048b138aaf0430bd8bbc6ac

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AOPがめざすもの

Anti-oppressive(social work)practice. “Anti”は日本語にもなっている「アンチ=反対」の意味で、“oppressive”は抑圧と訳される“oppression”の形容詞だ。日本語で最適な訳語に抽出するのが難しい言葉だが、この著書では、既存の数少ない日本語文献(坂本 2010;二木 2017;児島 2018)に倣い、「反抑圧的ソーシャルワーク」として紹介し、文中での言及では、英語の略を使用して「AOP」とすることにする。(中略)

AOPの大きな目標は、社会のなかでの力の不均衡を認識し、その権力構造、そしてその結果として起きている抑圧を是正するために、変革の促進に取り組むことだ(Dalrymple & Burke 1995)。具体的には、生活に困っていたり、生きにくさを経験している人たちの状況を、まず当事者の立場から理解し、問題を抑圧という視点で構造的に分析することで、複数のレベルから解決に向けてアプローチする、というソーシャルワーク実践理論と実践法である。また、同じ志を持つ人たちや団体と一緒に問題解決に取り組んでいき、直接介入のほか、アドボカシーや、ソーシャル・アクション、政策改善(への働きかけ)といった行動を取ることも含まれる。エンパワメント理論・実践とも重なる部分が多い。


AOPが究極的に目指すのは、社会から様々な抑圧をなくし、みんなが自己実現できる社会だ(Sakamoto & Pitner 2005)。こう言うと、あまりにも壮大な目的に聞こえるために、実現不可能だと思われることだろう。もちろん、ありとあらゆる抑圧を社会からすべて取り去ることは無理にしても、そういったゴールに向かったソーシャルワーク活動がAOPということだ。

具体的には、個人、家族、コミュニティやグループが経験する問題に影響を与えている社会的抑圧を認識し、顕在化している問題だけを実践の対象とするのでなく、構造的な要因を視野に入れて当事者・クライエントの手助けをする。

例えば、イギリスのソーシャルワーク研究者で、AOP、フェミニスト・ソーシャルワークや国際福祉などの分野で精力的に著作を重ねてきたレナ・ドミネリは、AOPについて以下のように述べている。

AOPは人を中心とする哲学、平等主義の価値を擁し、構造的不平等が人々に与える有害な影響を減らすことを目的とする。その方法論は過程と結果の両方にコミットし、個人と社会の接点に働きかけ、人々へのエンパワメントを通して社会的ヒエラルキーが人々に及ぼす(悪)影響を縮小する。 (Dominelli 1996)

この20年で拙著も含め、様々なAOPの文献が出版されている(Dominelli 2001;Mullaly 2002;Bains 2007; Sakamoto 2007a, 2007b, Sakamoto & Pitner 2005;Sakamoto et al. 2018;Laird 2008;田川 2012;Wehbi & Parada 2017;Yee & Dumbrill 2019)。

AOPの理念と方向性

すべての論説をここでまとめて網羅することはできないが、共通する価値、理念と方向性には大まかに次のような要素がある。

第1に、ひとつの抑圧のかたちのみに焦点を当てて実践をするのではなく、いろいろな抑圧の連鎖、交差性(intersectionality=重り合ったアイデンティティ;複合差別に近い概念)に目を配り、問題の分析に役立てること。例えば、複数の疾患を持ち生活が困窮している高齢者や、障害のある移住者など。文献としてはHill Collins(1991/2000)、Mehrotra(2010)がある。抑圧を受けている人の間にも、様々な抑圧が重なり合い複雑化した差異がある。(中略)


第2に、ソーシャルワーカー自身が自分の立ち位置を多方向から捉えること。また、クライエントやコミュニティとかかわるうえで浮かび上がってくる自分の支配的な社会属性に関しては、自分がどんなふうに問題の構築自体にかかわってしまっているのかを考え、必要であれば、行動や考えを修正する努力をすること。これはブラジルの社会活動家・教育者である、パウロ・フレイレが提唱した「批判的省察(critical consciousness)」(Freire 1990;児島 2018;竹端 2013)と同様で、AOPに不可欠だと筆者は理解している(Sakamoto & Pitner 2005)。

第3に、問題を経験している当事者(たち)を、エキスパートと捉え、ソーシャルワーカーは「アライ(ally)」(横からの支援者、伴走者)として、当事者と協働するなかで問題の解決法を見出していくこと。そして、それとともに、その人たちのエンパワメントにつながるように活動していくこと(Bishop 2002)。そのためには、マイノリティや当事者の人たちの声や知識に根差した理論や分析の開発が必要であるし (Gibson 2016;Gutiérrez & Lewis 1999)、当事者運動などの社会運動から学び、アライまたは当事者としてかかわっていく姿勢が重要だ。

ソーシャルワークの100年以上にわたる歴史を振り返ってみると、少なくともその黎明期には改革的な社会運動がソーシャルワークの理論化や実践と深く結びついていたことがわかる。19世紀後半から20世期初頭にかけての、社会ゴスペル運動、節酒運動、労働運動、平和運動、反貧困運動、女性参政権運動などだ。(中略)

1960年代から1970年代以降も、公民権運動、女性解放運動、ゲイ・レズビアン解放運動などが、反人種差別ソーシャルワーク、フェミニスト・ソーシャルワーク、反差別ソーシャルワーク、多文化ソーシャルワークなどの、ソーシャルワーク理論・実践法に結びついていった。AOPもそういった当事者中心の社会運動に深く影響されている。そのため、能動的にアライとして活動することが難しくとも、AOPを行うソーシャルワーカーにとって、今起こっている社会運動を視野に入れていることが大事だ。なぜなら、個々の抑圧は大きな抑圧構造に結びついているから。

第4に、ソーシャルワーカーの介入を「最小限の介入(least intervention)」(Dalrymple & Burke 1995)にとどめること。そして、当事者ができることに関しては、ソーシャルワーカーは一歩引く「アライ」(伴奏者・支援者)のスタンスで活動をすること。

最近日本で「アライ」という言葉が性的マイノリティ(LGBT)を支援する非当事者を指すものとして使われるようになってきているが、元々は、LGBTの支援者を指すだけとは限らない。アライとは、「同盟者」の意味で、「社会の不公正なパターンから受けている特権を認識し、そのパターンを変えるために責任を負う人々のこと」(Bains 2017:163)と説明されている。例えば、障害のない人が、障害のある人を抑圧している状況を変えるために活動することだ。また、そういった活動は独りよがりなものであってはならない。アライは「ヒーロー」になるために活動するのではなく、当事者の人たちの横から伴走したり、一歩下がって後ろから支えたり、また特権を使って当事者の声を聞いてもらえるように手助けをするなど、当事者中心の活動を支える役割だ。アライの活動の仕方は状況によって違うし、多岐にわたる。

第5に、新自由主義、管理主義など、構造的な問題がどのように個人・家族・コミュニティ・社会に影響を与えているかを、批判的に分析すること。こういった構造分析は、AOPの源流であるラディカルソーシャルワーク(Fook 1993; Reisch & Andrews 2001)、反人種差別ソーシャルワーク(Dominelli 1988; Singh & Masocha 2020)やフェミニストソーシャルワーク(Dominelli 2002; 杉本 1999; 横山ほか 2020)及び、現在のクリティカル・ソーシャルワーク(Healy 2014; 田川 2013)全体に共通である。例えば、子どもの貧困や女性差別、LGBTの人の差別、障害者差別と、高齢者の貧困化は、違った現状として表層化するが、効率と生産性と自己責任を重視する新自由主義の社会にあって、共通の根っこも持っている。当事者運動にアライとしてかかわり続ける姿勢と理念は、第7章と第8章に詳しい。

坂本いづみ(さかもと・いづみ)………トロント大学ソーシャルワーク学部准教授。博士。上智大学社会福祉学科卒業、同大学社会福祉学専攻博士前期課程修了。その後フルブライト奨学金を得て、ミシガン大学大学院ソーシャルワーク修士課程(M S W)と心理学修士課程終了後、ソーシャルワークと心理学の二重専攻で博士号取得。在学中に多国籍からの留学生家族の支援のコミュニティ活動プロジェクトを立ち上げた。トロント大学では、半抑圧的ソーシャルワークの研究のほか、移民の雇用差別や、日系カナダ人の社会活動など、アートを使いながらコミュニティーに根ざした参加型の研究を行っている。

*『脱「いい子」のソーシャルワーク』刊行記念イベント開催決定!

4/24(土)『脱「いい子」のソーシャルワーク』刊行イベント
第1回「AOP(反抑圧的ソーシャルワーク)に入門する」

【日時】2021年4月24日(土)10時30分~12時00分
Zoomミーティングにてオンライン開催
(参加人数90名まで)

【内容】
『脱「いい子」のソーシャルワーク』刊行を記念し、著者5名で本書の魅力を語りつくします。社会正義に基づき、多様性社会の実現をめざす「反抑圧的ソーシャルワーク(AOP)」についてご紹介。著者5名がそれぞれのフィールド(高齢者介護、精神医療、障害当事者運動、生活保護課)で気付いた「AOPの可能性」についても触れます。理論と実践をつなぐことで、参加者のみなさんが「現場のモヤモヤ」を振り返り、日々の実践が少しでも楽しくなるきっかけとなることを目指します。

【チケット代金・購入】
・オンラインチケット(視聴のみ):1000円
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・書籍つきチケット(書籍+視聴):3420円 ※送料無料
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