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第8回 AIと暮らす~「もう一つの家族」のリアリティ

AI家族という、なんとも突飛な発想が『AIが私たちに噓をつく日』では、ていねいに検討されています。精神分析家の妙木先生からすると、それも何の不自然なことではなく、時代の必然ともいえることのようです。

 「AIと働く」ということと並んで、私が『AIが私たちに噓をつく日』で、ぜひとも書きたかったことは、「AIと暮らす」ということです。この「AI家族」という少し突飛にみえるかもしれない発想ですが、精神分析家としての私から見ると、今の現実社会での家族に起きている問題をていねいに考えることでぐっと現実的なものになってくるのです。

 「(外で働く)お父さん、(家を守る)お母さん、そしてたすきをつないでいく子どもたち」という形が循環的に続いていくといった、かつての幸福な家族のカタチが戻ってくることは、今後ありえないでしょう。経済的、社会的な激動や、男女の役割の考え方の変化は、家族のあり方を大きく揺さぶりました。その結果としての少子化、引きこもり、介護などの社会問題も、いわば家族の崩壊を一層進行させています。そう考えたときに、新しい家族のカタチ、つまりAIを家族に迎えるということを、前向きにとらえたいと私は思っています。

 そのきっかけとして、まず家族というものが持っている機能に関して考えてみたいと思います。「家族の機能」とは、聞きなれない言葉かもしれませんが、実は、精神分析においては、日常的な考え方で、それほど奇異な発想ではないのです。

 まず、一つ目は、支えあうという機能を持った「サポーターとしての家族」。ここでは、家族というものは、個人が他者と暮らすことを選んだ瞬間から共通の目標のために支えあっていく存在と考えます。そこでは、おたがいに、自分の得意な技術(お父さんができること、お母さんができること、子どもが得意なこと)を利用して、互いの弱点を補い合いながら、前に進んでいく。実はここには、AIが力を発揮できる場がいくつもあります。AIアシスタントを搭載したスマートフォン、スマートスピーカーやテレビリモコンなどは、私たちの質問や命令、お願いなどを聞いて、それを理解して適切な答えを発話してくれます。こうしたアドバイザーのような援助者的存在から、介護ロボットのようなものまで、「サポーターとしてのAI家族」の可能性は大いにあると思います。

 もうひとつの家族の形は、向かい合うという機能を持った「メンバーとしての家族」。ここでは、前に進むことを目標にする必要もありませんし、あえて共通の目的というものを想定する必要はありません。ただ、そこにいてくれることだけで価値や意味が生じてきます。

 この「メンバーとしてのAI家族」と、「サポーターとしてのAI家族」との大きな違いは、「メンバーとしてのAI家族」は、「私たちと対等の存在」であり、かつ「自立した存在」であるということです。そして、ここでは、『AIが私たちに噓をつく日』でも多くのページを割いている「AIの心」という問題を避けて通ることはできません。

 他者とのコミュニケーション全般において、大変難しいものに「応答」というものがあります。この「応答」というのは、相手の言うことにただうなずくだけではうまくいかない。相手の話し方にペースを合わせながら、内容を理解し、自分の中で内的対話をしながら、相手に、反応を返していく能力のことです。いわば、受け答えの機微をチューニングする能力と言ってもいいかもしれません。その中で高度な次元に入る思考が、「何でも、そのまま、いつでも、正しい答えを言っていいのだろうか」ということです。様々な状況の中で、相手の顔色を見ながら、「今は、これは言わないでおこう」と人の心は判断したりします。その時です、「噓」が必要になってくるのは。その噓は、相手を騙すため(だけ)ではなく、相手のために良かれと思って言うのです。つまり、「応答」においては、「噓」という行動は、必要不可欠なものなのです。この「噓がつけるAI」、つまり「私たちと対等の心」を持ったAIが完成した日こそ、晴れてAIを私たちの家族に迎えることができる日なのではないでしょうか。『AIが私たちに噓をつく日』というのは、こんな、AIと人にとってのエポックな記念日のことを指しています。

妙木浩之(みょうき・ひろゆき)
1960年東京生まれ。上智大学文学部大学院満期退学。佐賀医科大学助教授、久留米大学教授を経て、現在、東京国際大学人間社会学部教授。南青山心理相談室、精神分析家。日本精神分析協会会員(準会員)。著書『寄る辺なき自我の時代』(現代書館)、『父親崩壊』(新書館)、『フロイト入門』(ちくま新書)、『初回面接入門』(岩崎学術出版)など多数。

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