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第1回 心の専門家である私がなぜAIに興味を持ったのか

フロイトの研究家であり、当社の人気シリーズ「いま読む! 名著」で『寄る辺なき自我の時代~フロイト『精神分析入門講義』を読み直す~』を著している精神分析家の妙木浩之さんが、ここ数年手がけているAIに関する書籍がいよいよ佳境に入ってきました。そこで、今回から、9回の予定で内容を少しお話ししてもらいましょう。まず第1回は、妙木先生がAIに興味をもったきっかけ、そこで感じた精神分析の可能性に関して。

 こんにちは。私は、精神分析学の生みの親でもある精神医学者・心理学者フロイトの研究をしながら、大学で臨床心理学などを教え、同時に、精神分析家として、30年近くたくさんの患者さんを見てきました。つまり、「ヒトの心のあり方」に、研究、教育、臨床という3つの角度で向かい合っている、こう自己紹介できるかなと考えています。以前からAIというものへの興味はもっていましたが、自分の仕事の領域にぐっと入ってきたなと感じたのは、2018年に見たテレビのドキュメンタリー番組「ロボットのお悩み相談室」です。これはイギリス制作のドキュメンタリー番組で、対話型ロボット、ジェス君がいろいろな人たちのお悩み相談をするという番組です。外見は、いかにもロボット・ロボットした1メートル足らずの小さなものですが目の表情が妙に愛くるしい。このジェス君、そんな外見に関わらず非常な優れもので今までのロボット概念を覆すものでした。

 夫婦と2人の子供という家族が抱える様々な問題を、会話をしながら解明していきます。ユーモアを交えたり、微妙な気遣いをしたり、その手際も鮮やかなのですが、私が驚いたのは、一段落した後に、ジェス君が「立ち入った話なので、お子さんは退席してください」と言ったこと。このあと、ジェス君は、夫婦間の問題、夫の浮気などに言及していきます。そして、「真の問題は信頼です」と締めていく。そうです、ジェス君は、何と「心」の問題に踏み込んできたのです。私は、「これは、まずいぞ・・・」という感覚と同時に、「これは、ひょっとして・・・」という思いが頭をよぎりました。AIというものの存在が、精神分析の治療法を大きく変えてくれる、ひいては、心理学など医学全体の発展に大いに役立つのではないかと、私は思い始めました。

 精神分析に限りませんが、医学の現場、強いて言えば人間というものは、何かを判断するということがそれほど得意ではないのです。人間は、並行的に、同時に考えることができる事柄は7つ程度が限度だと言われています。その数はともかく、同時に複数の条件から、その場の状況にもっとも適切な方程式を想定し、ひとつの解を導き出す。そんな能力において人間に限界があるのは誰も否定できません。人の判断というものは、想定されるすべての条件を読み込んで行われるものではなく、経験や記憶などによる、ある確立にもとづいて、もしくはまったく恣意的に、単純化した一部の条件だけをもとにして行われるものです。ですから、そこに「迷い」が生まれ、「失敗」が生じて、「後悔」を繰り返す。その能力において、AIは人間に比べようのないほど「頭がよい」ものなのです。そうです。私は、AIが精神医学の現場に導入されることで、複雑になってきた診断が、今まで述べてきた、人間がくだす「判断の曖昧さ」から脱皮し、進歩していくのではないかという期待があるのです。しかし、私の周りでは、限りなく不可能だと思っている人がほとんどなんですね。私は、AIが、良い査定者で診断者、さらには適切な治療法を提案してくれる治療者になれる可能性はあると思っています。ですから、最近よく見かける「AIで奪われる仕事、奪われない仕事」という調査で、奪われない仕事のトップに「精神科医」があげられている場合が多いのですが、私はそうは思っていません。

 と、ここまでは、AIの良い面をお話ししてきましたが、同時に不安も感じています。それに関しては次回、お話ししていきます。

妙木浩之(みょうき・ひろゆき)
1960年東京生まれ。上智大学文学部大学院満期退学。佐賀医科大学助教授、久留米大学教授を経て、現在、東京国際大学人間社会学部教授。南青山心理相談室、精神分析家。日本精神分析協会会員(準会員)。著書『寄る辺なき自我の時代』(現代書館)、『父親崩壊』(新書館)、『フロイト入門』(ちくま新書)、『初回面接入門』(岩崎学術出版)など多数。

【妙木浩之さんの好評既刊】

いま読む! 名著『寄る辺なき自我の時代~フロイト『精神分析入門講義』を読み直す~』

帯あり・小


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