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いまこそ支援者が脱「いい子」すべき理由|【新刊ためし読み】『脱「いい子」のソーシャルワーク』

『脱「いい子」のソーシャルワーク』という本ができました。本書は、イギリスやカナダで主流となっている反抑圧的ソーシャルワーク(通称AOP)の理論から実践までを日本で初めて紹介した、社会正義に基づくソーシャルワーク入門書です。

この記事では、著者5人が本書に込めた思いや、なぜ日本の福祉現場にAOPが必要なのか、その理由について記しています。

*この記事の内容は『脱「いい子」のソーシャルワーク』の「はじめに」を転載したものです。より詳しくお知りになりたい方は、ぜひ書籍をお手にとってみてください。
https://gendaishokanshop.stores.jp/items/6048b138aaf0430bd8bbc6ac

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福祉の世界に蔓延する「抑圧」

脱「いい子」や反抑圧的というフレーズに、あなたはどのような印象を持つだろうか?

「そうそう、その通り!」と言ってくれる人も、少しはいるかもしれない。でも多くの人は、「なんだか怪しそうだ」「ちょっと物騒じゃないか?」「極端な内容なのではないか?」と警戒心を持って、でもちょっと気になって、モヤモヤしながら、この本を手に取ってくださったかもしれない。

そんなモヤモヤを抱えたあなたこそ、想定読者です。

この本の内容を詳しく紹介する前に、私たち著者5人がこのタイトルに込めた思いに少し触れてみたい。

福祉の世界には、様々な「抑圧」が蔓延し、「いい子」の支援者が結果的にその抑圧を後押ししてしまっている。そしてこの「抑圧」は、福祉現場に閉塞感をもたらし、ケアや支援の仕事を、つまらない・しんどい・希望のないものにしている。逆に言えば、「いい子」から脱し、抑圧に目をつぶらず、変えていく実践ができるならば、支援現場の実践はもっと面白く、魅力的になる。これが私たちの仮説である。それは一体どういうことか。

2020年に日本だけでなく、世界中を覆っているコロナ危機を例に挙げて考えてみよう。この危機のなかで、医療や介護・福祉、保育現場で働く人々を「エッセンシャルワーカー(本質的な仕事をする人)」として評価しようという声が高まった。だが一方で、安全に仕事を遂行するためのマスクや消毒液などが不足したまま対処せざるを得ない状況が続き、今でも検査体制が整備不足のなかで、日々綱渡りの勤務が続けられている。「本質的な仕事」として持ち上げられる反面、福祉職は賃金が低く、非正規雇用も多いなど、労働環境も改善されず、人手不足は深刻さを増すばかりである。

社会的弱者を支援するのは「本質的な仕事である」と建前で言っていても、それに見合うだけの実質的評価や金銭的保証がなされていない。これは社会的弱者を低く評価しているだけでなく、社会的弱者にかかわる仕事をしている人をも低く評価している日本社会の抑圧構造の顕れではないのか。

あるいは21世紀に入り、この20年の間に日本で支配的な価値観になっているのは、自己責任論である。自助努力で歯を食いしばってなんとかするのが当たり前であり、自分や家族だけでなんともならない場合は、ご近所や地域で助け合いなさい、それが無理な場合には公的な支援はするけれど、生活保護など公的支援を受ける場合は徹底的に窓口で査定して、なるべく受給者を減らしたい。そんな弱肉強食的な考えを巧みに潜ませて、「我が事・丸ごと」「地域包括ケアシステム」など耳障りのよいキャッチフレーズが繰り返され、そのシステムがさも当然であるかのように、「それしか道はない」「流れに乗り遅れるな」と福祉業界は一斉にそこに向かって歩み出している。

少なからぬ人が、「それってなんだかおかしい」「変だ」と心の中で思いながら、「どうせ」「しかたない」とあきらめを内面化してしまっている。特に福祉現場の支援者は、もともと他者とかかわりたい、困っている人の力になりたい、という「善意」を持っている人が多い。そして、「善意」の「いい子」に不十分な労働環境で我慢して働いてもらうことで、そのシステムを結果的に温存してしまうような、やりがいだけでなく、賃金も含めた構造的な搾取が蔓延している。でも、「いい子」自身も「どうせ」「しかたない」「力不足は私の自己責任だ」とあきらめを内面化し、不満や怒りを自らに抱え込んでしまっている。

「いい子」は社会にとって「都合のいい子」

本書で紹介する「反抑圧的ソーシャルワーク(Anti-Oppressive Practice, 通称AOP)は、上記のような構造を「抑圧の内面化だ」と指摘する。本来は社会的・構造的な抑圧や差別を、個人の能力不足や自己責任論というかたちにすり替えて、個人が我慢してそれでおしまい、としてしまうことは抑圧の温存であり、ひいては(無意識であっても!)抑圧に加担していることにさえなるのだ、と。そのうえで、我慢やあきらめを越えて、「おかしいことはおかしい」と声をあげ、同じ考えを持つ仲間とつながり、支援現場や支援組織を変えていくことは可能であるし、実際にできている現場もある。それが反抑圧的実践の成果である。

著者5人は、福祉現場の抑圧に対して「おかしい」という思いを抱き続け、我慢しなかった。それは日本社会ではときに、わがままと言われるかもしれない。でも、「いい子」というのは「世間や体制、社会システムにとって都合のいい子」なのである。

だから、そんな「都合のいい子」は卒業して、自分を取り戻し、対象者とともに、価値ある支援の仕事をする、そんな現場が増えてほしい。そういう思いを持って、研究や実践を続けてきた。大学院生と研究者、カナダと日本、理論と実践、世代の違い……など表面的な差異を超え、原稿執筆のプロセスで何度もZoom(Web会議システム)で議論し、お互いの原稿に意見を対等にぶつけ、何度も書き直すうちに、「脱『いい子』のソーシャルワーク」というテーマのもとで反抑圧的な実践と理論が浮かび上がってきた。

以下、その内容を簡単に紹介したい。

この本は「第Ⅰ部 AOPを知る」「第Ⅱ部 AOPの可能性」「第Ⅲ部 AOPと日本の現状」と大きく分けて3部から構成されている。連続性はあるが、1章完結なので、どの章から読み始めてくださってもよい。

第Ⅰ部は、反抑圧的ソーシャルワーク(以下、AOP)の全体像を描く。AOPについて長年研究を続け、その領域では世界的にも知られている坂本いづみ(トロント大学)が、その理論をわかりやすく解説し、実際にカナダのソーシャルワーク教育でどのように活用されているのか、批判的に論じる。日本語で書かれたAOPの類書が少ないなかで、その理論と源流をひも解いた坂本の論考は、福祉研究者にとって必読である。

第Ⅱ部は、理論に関する書籍ではなかなか目にすることのない、「私語り」から始まる反抑圧実践の二つの物語である。二木泉と市川ヴィヴェカ(ともにトロント大学)は、日本の福祉現場で、ケアワーカーや非正規公務員として働いていた。異なる現場で感じた抑圧の類似性や、カナダでAOPと出会うことにより、どのように解放されていったのか。異なる経験を持つふたりが、AOPという主題によって、共通する体験をしていくプロセスが綴られている。

第Ⅲ部は、日本の現実にAOPを引きつけた考察が並ぶ。障害者の自立生活運動から学び続け、社会福祉教育にも長年力を注いできた茨木尚子(明治学院大学)は、日本のソーシャルワーク教育が目を向けてこなかった課題を正面から論じ、障害者運動とその支援にAOPの可能性を模索する。脱・精神病院問題に取り組み、支援者の現任者教育にも注力する竹端寛(兵庫県立大学)は、対話的実践がAOPにどのようにつながるか、批判的意識化が脱「いい子」とどう結びつくか、を論じる。
そのうえで、終章では著者5人が座談会形式で議論をしながら、理想論で終わらせない、明日から始める反抑圧的ソーシャルワークの「タネ」を模索する。

AOPがあなたの「生きにくさ」にもたらすもの

反抑圧ソーシャルワークでは、人々の「生きにくさ」を構造的な力の不均衡から生まれるものと捉える。あなたの能力が不足しているから、我慢が足りないから、「生きにくい」のではない。あなたにそう思わせるような社会的抑圧や構造的な差別が蔓延していて、かつ自己責任論や弱肉強食といった新自由主義的な考え方がそれを後押しし、放置されているから、自殺者も社会的ひきこもりも多い、希望のない日本社会が固定化されているのである。
 
そんな社会はいやだ! こりごりだ! ちょっとでも魅力的な社会に変えたい! その思いを実現し、「生きやすい」社会をつくりだすために、権力構造のゆがみを是正する。そのためには、支援対象者への共感と支援者自身の自己省察を怠らず、「変えられないもの」と思い込んでいる法や制度、社会規範さえも、「本当にそれでよいの?」と批判的に捉え直し、他の人とつながりながら、建設的批判やそれを実現するための社会的・政治的活動をも行う。

これが、反抑圧的実践を始めるための第一歩であり、本書で伝えたい大きなメッセージである。

ようこそ、脱「いい子」のソーシャルワークの世界へ!

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*『脱「いい子」のソーシャルワーク』刊行記念イベント開催決定!

4/24(土)『脱「いい子」のソーシャルワーク』刊行イベント
第1回「AOP(反抑圧的ソーシャルワーク)に入門する」

【日時】2021年4月24日(土)10時30分~12時00分
Zoomミーティングにてオンライン開催
(参加人数90名まで)

【内容】
『脱「いい子」のソーシャルワーク』刊行を記念し、著者5名で本書の魅力を語りつくします。社会正義に基づき、多様性社会の実現をめざす「反抑圧的ソーシャルワーク(AOP)」についてご紹介。著者5名がそれぞれのフィールド(高齢者介護、精神医療、障害当事者運動、生活保護課)で気付いた「AOPの可能性」についても触れます。理論と実践をつなぐことで、参加者のみなさんが「現場のモヤモヤ」を振り返り、日々の実践が少しでも楽しくなるきっかけとなることを目指します。

【チケット代金・購入】
・オンラインチケット(視聴のみ):1000円
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・書籍つきチケット(書籍+視聴):3420円 ※送料無料
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