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井伏鱒二「遙拝隊長」

 戦争を描く物語には数えきれないほどの名作があるけれども、私が読んできたなかでの白眉は井伏鱒二「遙拝隊長(ようはいたいちょう)」

 戦地での不慮の事故により「狂人」となってしまった男のその後の日々や、周囲の人々、そして母の姿を描く短編です。

 井伏はよくその取材力の凄まじさを語られるけれど、個々の人間の描き分けもものすごくて、誰一人として、いい加減に扱われる登場人物はいません。

 一人ひとりが、具体的な顔をもった存在として、その台詞の一片に至るまで、丁寧に、誠実に表されています。

 もしかしたら、こうした個々の人間の緻密な描き方こそが、人間を捨象し記号化、数値化する戦争なるものへの、徹底した抗いだったのかもしれません。

 なお、「遙拝隊長」は、岩波文庫新潮文庫などで読むことができます。ぜひ、紐解いてみてください。


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