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先日、threadsでこんなことをつぶやきました。 https://www.threads.net/@koike_yoji/post/C2Wdu20PkBg/?igshid=OGQ5ZDc2ODk2ZA== どうしてこんなことを考えたか……と言うと、そのきっかけは、伊波敏男『ハンセン病を生きて』(岩波ジュニア新書)を読んだことです。 なぜこの一冊を読んで「国語」と「文体」というものについて考えたか。ご興味を感じられた方は、以下の放送をお聴きいただければと思います。
中学生のとき、抜き打ちの「古文単語テスト」が実施されたことを覚えている。 無論、まったく対策などしていなかった。 だが、さすがに0点は取りたくない。 さはれ──などという古語はもちろん知らなかったが──と心を固めた私は、とある作戦を決行した。 そういえば、古文の授業でやたら「趣き深い」という言葉を耳にした記憶があったのだ。 ならば「趣き深い」──と言われても当時の私には、この現代語自体の意味がよくつかめなく、いわばシニフィエなきシニフィアンとして脳裏に漂う音にすぎな