君と探した場所、未だ見ぬ翼
第2話 それぞれの居場所
慶一の駆るゼファーは第二京阪道路を南へ40分走り続け、大阪ミナミに辿り着いた。御堂筋を抜けて、道頓堀の人集りに出会した辺りでゼファーを道脇に止めた。
メットとタンクバックを小脇に抱えて道頓堀川の方角に歩き出す。もう20時にも関わらず、戎橋の上は人集りができている。振り返ると巨大なグリコの看板が現れた。
煌々と光る笑顔のネオンサインは、明るく賑やかだが何処か白々しく空虚に感じる。その視線を川下に向けると川岸の路地に騒々しい若い子達の群れが見えた。
戎橋の脇にある階段を降りていくと、タバコの煙、酒、溝川の匂いが混じり合い、Fly Projectのビートが聞こえてくる。川岸の路地に降りるとTocaTocaに合わせて踊る男女6人グループ、その見物人たちの群衆が居る。側を通り抜けると、厚底のインヒール靴の女子たち、金や赤、青に染まった髪の子たち、メイドキャラの黒いコスプレで立ち話に興じる女子数名、壁に凭れて駄弁っている少年達、無言でスマホを覗き込んでいる少女、許し合っているかの様にそれぞれが一定の間隔で互いの領域を侵さない様に保っている様に見える。
慶一は、座るスペースを探して更に路地を進んだ。地面の至る所にチューハイの空き缶やコンビニ弁当の空き箱、お菓子袋、何かが入ってるレジ袋、吸い殻が散乱している。戎橋から20m位離れた界隈に、漸く座れるスペースを見つけて腰を下ろした。
メットを椅子代わりにしてバッグから山科で買って来た弁当を取り出し、ご飯をパクつく。川面の細波に映るグリコの煌めく点滅を眺めながら、、これは、あの時の場所に似ていると思った。
中2の春、定期考査で授業は昼までで終わり、スナックの赤黒い扉を開けて帰って来た。
「ただいま!、、母さんは寝てるのかな、、」シンとして真っ暗な店内カウンターを通り越し、奥にある住居兼居間の前まで来た。すると、母さんのヒールの隣に見覚えのある黒いビジネスシューズが並んでいた。
少しは勉強しないといけないし、、、戸を開けようとした時、隙間から声が聞こえて来た。
「あぁん、、こんな所でダメよ!」
「もう良いだろ?未だに、潤くんに義理立てないとダメなのかい?」
「そんな事は無いけど、、でも、未だ多感な時期なのよ。」
「慶一君は大事だ。しかし、潤くんと約束したんだ!のり子さんを守るから!って。」
「ありがとう!外村さんのお陰でこの店も何とかやっていけてる。それには感謝しているわ!でも、外村さんには、、奥さんが居るじゃない!」
「妻は、、妻は、俺の事なんか何にも分かっちゃいない!気にもかけない。居てもいなくても同じさ。」
「でも、別れられないんでしょ?」
「、、、今は子供達が居る。から、でも、、俺にも居場所が必要なんだ!のりちゃん愛してる!」
「外村さん、私、、」
その後暫く沈黙が続いた。この戸を開けるか?否か?迷っていたが、、
「あぁん、、」母さんの、今まで聞いた事もない甘える、喘声が聞こえた瞬間、慶一は外に走り出していた。
当て所もなく、ほど近いマンション8階に住む仲の良い友人を頼って行き、夕方までは一緒に勉強することができた。しかし、日も暮れかけて時間が経っても、どうしても家に帰る気になれなかった。友人に迷惑をかける訳にもいかず、殊勝に「続きは家でするから!じゃあな!」と告げて退出し、縦断道路沿いを当てなく彷徨っていった。
そして、、その先に辿り着いたのは、地域の不良の溜まり場であるゲームセンター。
中に入ると、ゲーム機の大音量の効果音、騒がしいBGM、男女のグループがUFOキャッチャーに興じて燥いでいる。道中、コンビニで買った弁当を食べながら対戦ゲームに興じた。ヤンチャそうな奴らは居るが、慶一には誰も話しかけてこないし、それが心地よい。何よりも、ここゲームセンターは、音と光の喧騒で孤独をかき消してくれる。束の間の自由を味わい、居場所を見つけた気になった。
しかし、束の間の居場所も、パトロールの警官によって終わりを告げた。
「キミ、まだ子供じゃない。もう0時だよ!この時間は帰らなくちゃダメだよ!家は何処?」
家は無い。と言いたかったが、そんな警官に言い返す意気地も無い。何故こんな遅くにゲームセンターに居るか尋ねられたが、一切返答しなかった。
パトカーに乗せられスナック二条の赤黒く重い扉を開けると、のり子がひどく動揺した表情で出てきた。
「慶ちゃん!警察の方も?どうしたの?何かあったの?」
「何にも無いよ、、」
「お母さんですね?慶一君は何もしてないですよ。0時を過ぎてゲームセンターに居ただけですから。唯、塞ぎ込んでいる様子だったので、お仕事も大切だとは思いますが、この様子のままでは心配です。ちゃんと見てあげて下さい。」
「そんなつもりはないの!、慶ちゃん、、ごめんね!ごめんなさい!」のり子は涙を流しながら慶一を抱き寄せた。
弁当の漬物も無くなり、時折漂ってくる吐瀉物の匂いにも慣れ始めた。
グリ下界隈では、酔ってるのか1人でギャーギャー騒いで見せて見てるし同調を煽る女、TikTokの動画に興じている男女、幼い様な大人の様なコスプレに身を固めた女子たち、皆俺と同年代か大人が、子供の様に訳もなくはしゃぎ、泣き、笑い、騒いでいる。家や学校では許してくれない、馬鹿で愚かな自分を、騒々しい賑やかで空虚なグリ下界隈は放っておいてくれる。束の間の居場所だ。憲法で移動の自由、内心の自由が保障されている筈だが、俺たち未成年は保証どころか保護される存在だ。という事は、自由になり得ないのか?
ガラガラガラガラガラガガガーッ!
心斎橋方面から見知らぬ厚底履の少女が、必死の形相でピンクのトランクケースを引き摺りながら走って来た。慶一と目が合うと、隣りのスペースに飛び込んできた。
「ねぇ!頼む!私の彼氏のフリして!お願い!」ウン、という間もなく唖然としていると、向こうから警官がやって来た。
「キミ、新潟県から来ている村瀬瞳ちゃんだね。捜索願いがご両親から出てるんだ!もう1ヶ月以上になるんだから、一旦家に帰ろう!」
「私はレナ!村瀬瞳じゃない!私、この人と暮らしてるんだから!ね?」
「じゃ、彼氏の名前は何て言うの?隣の君は彼氏?」
「ねぇ!あなた助けて!」
「お、俺は、、この子の彼、、」
「君!彼氏なんて言わない方が良いよ!この子は14歳だから、日本では君が匿うだけでも未成年誘拐罪にあたるんだよ!」
一瞬で、急に手に汗が噴き出て来た。
「はい。、、、この子とは、今出会ったばかりです。」
「あほ!バカ!意気地なし!!絶対帰るの嫌だ!私は自由で無くなるのよ!お巡りさん私、家帰ったら勉強するのに棒で叩かれたり、成績が悪かったら閉じ込められて!、、それでも、それでも連れて帰られるの?あんな所家じゃない!帰らない!絶対嫌だ!死にたい!」泣き崩れている涙を拭う手首には、無数のリストカットの跡が見えた。
警官が手を拱いていると、同行していた慣れた風情の担当者が彼女に話しかけ始めた。
「瞳ちゃんなんだね?分かったよ。お父さんお母さんの事、今まで家であった事、お巡りさんと一緒に話を聞かせて貰えるかな?事情を聞かせて貰ってからも、引き続き私たちは瞳ちゃんを守らせて貰うから!支援を続けさせて貰うよ。だから、落ち着いて。」
「本当?これからも助けてくれるの?」
「そうだよ。それが私達、児童相談所の役目だからね。」
「本当に家に帰さない?、、うん、、助けてね。」
「あの、新潟の児相さんに虐待通報しようと思うのですが、大阪の児相さんからも連携して下さるんですね?」
「はい、明らかな児童虐待の事案ですし、保護案件として情報共有させていただきます。」
「よろしくお願いします!」
暫くして、気持ちが落ち着いた様子の少女は、児相員、警官と共に戎橋の階段を上がっていった。
道頓堀川の川面に映るネオンは、何事もなかった様に優しく煌めいていた。
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