働く人の美しい物語。絶対読むべき「傑作ノンフィクション」2選

「いい物語に触れて感動したい」と思う瞬間は、誰にでもあるはずだ。無性に泣ける映画を見たくなったり、心動かされる本を読んでみたくなったり……。「物語」の需要は尽きることがない。

「感動のツボ」は人それぞれ異なるが、僕のツボを紹介させていただくと、それは「働く人たちの物語」である。どんな特殊な環境に置かれたとしても、自らに与えられた任務に向き合っている人たちを描いた群像劇に触れると、感動してしまう。

 仕事上、ノンフィクションの作品に触れることが多い。そこで今回は、「働く人たち」を描いた傑作ノンフィクション2つを紹介する。

 もし、「感動のツボ」が僕と同じ方がいたら、ぜひ読んでみてほしい。

(1)「空白の天気図」(柳田邦男著、1975年)

 柳田邦男さんは、事故・災害報道の草分け的存在ともいえる作家で、ノンフィクション界の大御所である。83歳になった今でも、フットワーク軽く現場に足を運び、精力的に取材を行っている。

 「空白の天気図」の舞台は、1945年の広島だ。

 原子力爆弾が投下された8月6日から約1ヶ月後の9月17日。鹿児島県枕崎に、超大型の台風が上陸した。いわゆる「枕崎台風」である。この巨大な台風は日本を縦断し、全国で死者不明者3600人という甚大な被害を出した。

 実は、この台風の死者数のうち2000人強が広島県で亡くなっている。

 原爆投下から1ヶ月しか経っていない広島の行政システムは、ほぼ壊滅していた。広島周辺の気象を観測する「広島気象台」も、8月6日の原爆で破壊され、観測機械は全て失われていた。そのため、終戦後もしばらく広島では天気予報が行われておらず、天気図は「空白」の状態が続いていた。被曝した広島気象台の台員たちも、原因不明の病に倒れていた。

 そんな中、超大型の台風が広島の街を直撃した。

 そんな苦境にあっても、広島気象台の台員たちは、必死で「台風」の計測を行う。柳田さんは、そんな気象台の人々の姿を描いていく。

 僕は「文藝春秋」で柳田さんを担当させていただいていたので、「空白の天気図」の執筆裏話を伺ったことがある。柳田さんは、元NHK記者で、初任配属地が広島だった。その時、「枕崎台風」の被害について関心を抱き、東京の社会部に異動になったとき、知られざる広島気象台の関連資料を入手したという。つまり、本作は超一級のスクープ資料によって書かれた本なのである。

 大ヒット映画「この世界の片隅に」に新規場面を追加して2018年12月に封切られた映画「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」では、「枕崎台風」のシーンが描かれているという(「この世界の片隅に」では描かれていなかった。「さらにいくつもの」の方はまだ観ていない。観なければ!)。

「この世界の片隅に」がお好きな方は、ぜひ「空白の天気図」も読んでみてほしい。個人的には「空白の天気図」をいつか映画化してほしいと思っている。(もし既に映画やドラマになっていたらごめんなさい)。

(2)「昭和16年夏の敗戦」(猪瀬直樹著、1983年)

 猪瀬直樹さんの名著である。1991年に中村雅俊主演でドラマ化もされている。石破茂・自民党元幹事長が演説などいろいろな場所で紹介していることでも知られている。

 2011年の石破茂氏の演説。「昭和16年夏の敗戦」に言及している。

 舞台は昭和15年(1940年)の東京。首相官邸近くに、木造2階建ての建物があった。大日本帝国が内閣総理大臣直轄で開設した「総力戦研究所」だ。〈日米開戦へと潮鳴りのように響きを立てていた時代〉に〈総力戦に関する綜合的研究調査を目指して〉設立された研究所だった。

 研究員の第1期生として集められたのは、官僚や新聞記者など国の中枢を担うエリート36人。平均年齢は33歳だった。その1期生たちは、昭和16年(1941年)夏、研究所で「擬似内閣」を組織し、日米開戦をシミュレーションする。

 若きエリートたちが出した結論は、「開戦できません。このままだと必敗です」というものだった。

 しかし、その結論とは裏腹に、日本は開戦という破滅への道へ向かっていく。

 猪瀬さんは本書の終わりで、平均33歳の若きエリートたちが出した結論についてこう書いている。

〈社会を知らない学生のように性急で観念的でもないし、逆に熟年世代のような分別盛りでもない。そういう知性が、シミュレーションのなかで辿りついたのが、〝日米戦日本必敗〟という正確な見通しであった〉

 同書執筆時の猪瀬さんは36歳。筆致から熱いものを感じる。そして今30代の僕も、あの戦争の時代に、自分と同年代の若者たちが国の未来を背負って「擬似内閣」を演じていたことに、強く胸を打たれている。

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