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#3 フィクション or ノンフィクション ダブルアート・タグ

18歳の春

就職もせず

キャバクラの店員になる

酔っぱらいに冷やかされても

ヤンチャそうな兄ちゃんに絡まれても

ご機嫌をとって客にする

店の女に手をだすな

揉めた時は殴られるまで殴るな

一発殴られたら十発殴り返せ

店のルールは店長から学んだ

夜の街には

暗黙のルールもある

店の縄張りで客引き

あと一つ

あの人だけには

絶対に声をかけてはいけない

その人を覚えた

いつも決まった時間に現れる

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩く

その筋の人

他の店の客引きも誰一人と声をかけない

目の前を通り過ぎても

背中も見れないぐらい殺気を放っている

誰から聞いたわけでもなく

三ノ宮の夜が教えてくれたことだった


命を張る瞬間は何度もあった

「田口くん」

「はい、店長」

「俺がヤバかったら頼むわ」

店長は革の手袋をはめた

店の中で小刀を出して客が暴れている

店長が無言で暴れている客に向かって一歩前に出る

暴れている客が店長に襲いかかる

店長は腕を掴んで一本背負い

「まだやりますか?」

店長の一言で

「シャレがわからんやつやのう」

暴れていた客は降参した

僕は強く握って持っていた鏡月の瓶を音が鳴らないようにテーブルに戻した

店長は笑顔で伝票とトレーを差し出した

店長は強くて怖い人

僕を弟のように面倒を見て可愛がってくれた


激しい雨と雷

深夜3時過ぎ

「田口くん、今から行くぞ」

「え、どこにですか?」

「フウカが危ない」

「え、どういうことですか?」

店の前にベンツが停まる

後部座席に店長と座る

店長の携帯が鳴る

フウカから電話

「早く! たすけて!」

携帯電話から声が漏れて聞こえてくる

「今、向かってる」

「早く来て!」

フウカの助けを求める声とドアを叩く音とチャイムの音が繰り返し聞こえる

「もうすぐ着く」

店長は冷静に答えて携帯を切った

「田口くん、これも仕事や」

「はい」

店長の目つきを見たら何も聞けなかった

「ここです」

運転手が車を停めた

「田口くん、先に見て来て」

「え!?」

「俺は後で行くわ」

「え……、わかりました」

近くで雷が落ちる大きい音がした

傘もささずに車から降りる

一瞬で全身ずぶ濡れになり

車のドア閉めた

ポケットの中で拳を作り

フウカの家の前に行く

男が玄関を気が狂ったように殴っていた

もう僕に迷いなんか無かった

「おいコラ」

こっちを向いた男

一歩踏み出し

ポケットから手を出した時に

「田口くん」

後ろから店長に腕をつかまれた

「車に戻って」

店長は男の方を見ながら革の手袋をはめて言った

「……はい……、わかりました」

車に戻った

1分もたたないうちに

店長が来た

車から降りると

店長の後ろにいる男は小刻みに震えていた

「田口くん、合格や」

店長は笑顔で言った

「先に行かしたんは試したんや」

その後ろで男は青ざめた顔で下を向いている

「田口くん、先に帰っていいで」

「え、でも、」

「大丈夫や、また明日」

僕は車に乗った

夜明け前

雨は止みかけ

空が少し明るくなっていた

知らぬ間に

黒い春が

始まっていた


次の日

「店長、あの男どうなったんですか?」

「田口くんが気にすることちゃう」

「いや、でも、」

「田口くん、やっぱ根性あるな」

「僕なんて大したことないです」

「逃げへんか試したんや、ずっと車から見ててん」

「すぐ来てくださいよ」

「なかなかカッコよかったで」

店長は穏やかに話して僕の肩を叩いた

「田口くん、なんか昔の俺に似てるわ」

「え、僕がですか?」

「今日も頼むわ」

客引きをしていた

隣で違う店の新入りが手当たり次第に声をかけていた

縄張りに入って来ないか警戒していたら

いつもの時間に

あの人が来た

さすがに声をかけるわけがない

違う店の新入りは

あの人に

声をかけた

夜の街が一瞬

静まり返った

あの人は

何もなかったように

いつも通り

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩いて

通り過ぎていった


さらに次の日

また隣で

目障りになるぐらい

違う店の新入りが手当たり次第に声をかけていた

いつもの時間に

あの人が来た

さすがに声をかけるわけがない

違う店の新入りは

あの人に

声をかけようとした瞬間

その直ぐ横に車が停まった

どこから現れたわからない男に

違う店の新入りは

首にスタンガンを当てられ

そのまま車のトランクに入れられた

ほんの一瞬の出来事だった

車は走り去り

あの人は

何もなかったように

いつも通り

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩いて

通り過ぎていった


その次の日

違う店の新入りの姿はなかった

いつもの時間に

あの人が来た

いつも通り

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩いて

僕の目の前で止まった

「お前、名前なんて言うんだ?」

あの人に声をかけられた

「た、田口です」

「お前どこの店のやつだ?」

僕は店の名前を言うの避けたくて

「すみません、」

あの人は

「おい、渡しとけ」

その一声で

後ろの付き人の一人が僕に名刺を渡してきた

それ以上は何も言わず

いつも通り

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩いて

通り過ぎていった

店に戻り

あの人から渡された名刺を店長に見せた

「あぁ こいつか」

「知ってるんですか?」

「昨日、開店前に店に来たわ」

「えっ、マジですか」

「なんか分け訳わからんこと言うてきたから追い出したわ」

あの人だけには

絶対に声をかけてはいけない

店長には

この暗黙のルールが存在していなかった


19歳の春

チカチカするネオンの光に

僕の未来は負けそうになっていた

夜の街から闇の街へ

引き込まれそうだった

目の前で人が刺されて倒れる

見たくもない光景を見た

気がつけば

胸の奥で夢は消えかかっていた

黒い春から抜け出したくて

家で一人

深夜のテレビに映る高速道路を眺めて

児嶋の死

今の自分

自分の命

全部を光にして走らせた

何度も

何度も

走らせた


19歳の梅雨

客引き中に携帯が鳴った

「もしもし、」

「永野が、事故った」

「うそやろ、」

「ほんまや、今、病院や」

「すぐ行く」

久保田からの電話を切った

エレベーターを待てずに

雑居ビルの階段を走って上り

店の扉を開けた

「店長!」

「どうしたんや?」

「友達が、友達が、また事故って」

「今すぐ行ったれ」

「はい、すみません」


永野の彼女と病院に行った

永野が彼女と付き合った日に客引きしている僕の所に自慢しに来た

それは事故をする2週間前ぐらいだった

病室に入る

包帯を頭に巻いた永野がベッドからお母さんに体を起こしてもらっていた

「永野! 大丈夫か?」

「誰? なんか見たことある」

「俺や」

「誰?」

「わからんのか?」

「今日、雨か」

永野がベッドから窓を見て言った

僕のことも彼女のことも記憶から消えていた

永野のお母さんに一礼して病室を出た


次の日から

仕事には行かず

永野の見舞いだけをしていた

中学の卒業アルバムを持って

「永野これ誰かわかるか?」

「わからん」

「これ置いとくわ」

永野のお母さんに一礼して病室を出た

「田口くん、ありがとう」

「また来ます」


一緒にライブに行った時の写真を持って

「永野これ誰かわかるか?」

「わからん」

「一緒にパンクが好きでライブハウス行ってたんやで」

「覚えてないわ」

「この写真置いとくわ」

永野のお母さんに一礼して病室を出た

「田口くん、いつもありがとう」

「また来ます」


一緒に旅行に行った時の写真を持って

「これ誰かわかるか?」

「わからん」

「これ一緒に淡路島に旅行に行った時のや」

「うん」

「覚えてるか?」

「うん」

永野は眉間にシワを寄せて

しばらく写真を見た

「これ見て」

中学の卒業アルバムを見せて

淡路島の旅行の写真と照らし合わせた

「こいつが久保田」

「うん、」

「こいつが児嶋や」

「児嶋、」

「こいつが俺で田口」

「うん、田口って空手やってて、パンク好きよな」

「え」

「田口とは仲いいねん」

「俺や、田口は俺やで」

永野は眉間にシワを寄せて

しばらく俺を見た

「うん、」

「俺が田口や! わかるんか?」

「うん、」

淡路島の旅行の写真を永野に見せて

「これが俺」

「うん」

「これは」

「久保田……」

「これは」

「児嶋……」

「これがお前や」

「うん……」

「これに写ってるのは、みんなお前の友達や!」

「うん……」

「今、お前の目の前にいるのは誰や?」

「田口」

涙を我慢できなかった

「なんで泣いてるん?」

「そら泣くやろ」

この日から永野の記憶が奇跡的に戻っていった


永野の彼女と千羽鶴を持って行った

「千羽鶴や」

「すげぇ」

「いつもありがとう」

「早く退院できたらいいな」

「ほんま早よ退院したいわ、病院のメシまずいねん」

「あんま大きい声で言うなって」

「焼き肉食べたいわ」

「退院したら祝いで焼き肉食べに行こうや」

「ほんま! 絶対やで!! 絶対行こな!!」

「みんなにも言うとくわ」

「楽しみやわ」

僕の隣にいる永野の彼女を見て微笑んだ

そして、僕に向かって言った

「そんなことより田口の彼女めっちゃ可愛いな」

「え」

「俺も彼女欲しいわ」

彼女の記憶が消えていた

彼女との記憶はずっと戻らなかった

永野が退院したあと

彼女は永野から離れた

永野は児嶋が死んだことを

忘れていなかった


店の扉を開けた

「店長、お久しぶりです」

「友達は大丈夫か?」

「もう大丈夫です」

「お前は?」

「僕も大丈夫です」

「そうか」

「店長……やめさせてください」

「なんでや」

「僕、やりたいことあるんです」

「おい、」

「はい」

「お前わかってんのか?」

「お願いします! やめさせてください!」

「俺が何の為にお前を可愛がってたか」

「すみません」

「殺すからな」

「ほんますみません!」

「お前が何やりたいか知らんけどな、あきらめたら殺すからな」

「店長……」

「出て行け」

「ありがとうございます!!」

「二度と顔見せんな」

店長に頭を下げてから

扉を開けて店を出ようとしたら

「田口くん、ガンバれよ」

店長は僕に背中を向けて言った

熱い気持ちが一気に込みあげ

感謝の気持ちを言葉にしたくても

できなくて

胸の中で力強く

小さい声で

「はい」

流れそうな涙を体の中で必死に止めて

ゆっくり店の扉を閉めた




『フィクション or ノンフィクション』、以降のお話は
ダブルアート・タグのnoteアカウントにて随時更新予定!

■ダブルアート プロフィール
タグ真べぇのコンビ。2008年結成。
タグの特技は作詞、ティッシュ配り、耳を動かせる。
真べぇの特技はモノマネ・歌・作曲、けん玉、歓送迎会の司会と幹事。

ダブルアートINFO

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著者/ ダブルアート・タグ

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