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メルヘン宇宙~いろんな星のショートショート~ オフローズ・宮崎駿介

神保町よしもと漫才劇場所属 オフローズ・宮崎の連載第五回。
いろんな星で起こるお話を一回読み切りで展開していきます。
今回は、ある星で起こる裁判のお話です。

第五回『裁判~ひとりぼっちの星~』


裁判長の私は硬い椅子に座って言いました。

「それでは開廷します。被告人は前へ」
「……はい」

裁判長の私に促され、被告人の私は起立し前に出ました。
裁判長の私が被告人の私に問いかけます。

「あなたはなんでこんなことをしてしまったと思いますか?」
「……はい」

被告人の私は語り始めます。

「今日はとても良い日でした。体調も良かったし、気分も良かった。今日はなにか良いことがありそうだ、と星をぐるぐる回っていたら星の隅っこに今まで見たことのない本を見つけました。私はわくわくしてすぐにその本を読み始めました。その本は私が今まで読んだことのない内容で……」

「裁判長!本件とは関係のない供述であります!」
検察官の私が遮りました。
「被告人は要点のみを話すように」

「……この星にはいろいろな物があります。たくさんの本に大きな机に硬い椅子に、ここが私の一番お気に入りの場所でここに立って星を見渡すとこの星の神様になった気分になります、柔らかいソファに良い匂いのするベッドに毎日の食事に、今日はチキンカレーを食べ……」

「裁判長!」
「被告人。本件と関係のないことを述べてもあなたの印象が悪くなるだけですよ。マイナス10ポイント!」
「……すみません」

被告人の私の弁護人の私を見ると疲れた顔で、呆れているのか、怒っているのか、黙って私を見つめるだけです。被告人の私はなにを話せば良いのか、自分のなにがいけなかったのか分からなくなり、すみませんすみません、とただただ頭を下げました。

「もう結構です。それでは検察官から被告人に質問はありますか?」
「はい!あります!」

検察官のきっと鋭い眼差しが被告人の私に刺さります。被告人の私は、やっぱり私は大きな罪を犯してしまったのだ、と改めて感じました。

「あなたは犯行自体は認めているのにその動機は話したがらない。それは一体全体なぜでありますでしょうか?」
「検察官。良い質問です。プラス10ポイント!」
「やった!」
「検察官。今日調子良いですね。なにか良いことでもありましたか?」
「はい!今日は私の大好物のチキンカレーを食べたからかも知れませんね!それに今日はなぜかハイになっているといいますか……もしかしたらこれがゾーンってやつなのでは……」

裁判長の私と検察官の私の軽快な話を聞きながら被告人の私はずっと考え込んでいました。私はなぜこんなことをしてしまったのか、そしてなぜ動機を考えるのがこんなにも嫌なのか。

「……ということで今日は最高の一日でした。被告人。もう考え終わりましたか?」
「はい。私は今日、生まれてはじめて物語を読んだからだと思います」

裁判長の私は大きなため息をひとつついて被告人の私に聞きました。
「それがなぜ動機を話したくない理由になるんですか?」
「それは上手く説明できません。それはきっと私にしか分からないことですから」

「裁判長!」
検察官の私が顔を真っ赤にして言います。

「被告人はなにか大事な事実を隠そうとしているであります!そんなふざけた話を被害者の前でも言えるでありますか!」
「いやそれは……」
「裁判長!本件の被害者をお呼びしてもよろしいでありますか?」
「認めます」
「被害者の方、張り切ってどうぞ!」

被害者の私はぶるぶる震えながら前に出ます。

「あなたはあんなことをされてどう感じましたか?」
被害者の私は被告人の私の方を見ずにずっと下を向いたまま答えます。

「すごく怖かった。首が絞まって。意識が遠のいて。縄の感触だけが首に……」
「もう結構です。聞いてられない。被告人、では先ほどのふざけた話を続けてください」
「……すみません」
「謝罪はもう結構です。あなたは人を一人殺そうとしたんだ。正当な理由を説明してください」

「私から良いですか?」
今まで一度も口を開かなかった弁護人の私が挙手しました。
呆気にとられた私と私と私と私の前で私は続けます。

「私は物心ついた頃にはひとりだし、物心つく前もひとりだったと思います。一番つらいのはひとりだという自覚があることです。今まで私は図鑑や辞書や説明書、いろいろな本を読んできましたが今日はじめて物語というものを読みました。夢中で読み進め、読み終わったときに気づきました。私はひとりなんだ。ひとりは淋しく、悲しいものだと物語は言っていました。裁判長!本件に関係のなさそうな供述でありません!だから私はもうひとりでこの星にはいたくない。マイナス30ポイント!私は私をもう殺してしまおうと考えました。マイナス100ポイント!もうここから逆転は無理ですよ!これが動機です。首がまだ痛い。裁判長!被告人に反省の色は見えないであります!被告人に死刑を求刑するであります!裁判長。被告人には十分に情状酌量の余地があると思います。ここは死刑が妥当かと。私もこの人が生きていると思うと夜も眠れません。死刑にしてください。判決を言い渡します。被告人は死刑。以上で閉廷」

小さな星に硬い椅子の倒れる音が閉廷を告げました。


挿絵⑤

■オフローズ
2016年結成。カンノコレクション、宮崎駿介、明賀愛貴のトリオ

著者/オフローズ・宮崎駿介
絵/オフローズ・明賀愛貴


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