お笑いに敢えて敷居を設定する仕掛けーーヨシモト∞ホールコントライブ『仁丹天丼丸三角』
はじめに
初めまして、吉本興業入社2年目の河谷 忍と申します。
東京渋谷のセンター街にある吉本興業の常設劇場《ヨシモト∞ホール》で、劇場プロデューサーとしてお笑いライブを作る仕事をしています。25歳の男性です。まだペーペーです。
吉本興業に入社する前はマジシャンをやったり、映画監督をやったり、脚本家をやったり、テレビ局でADをやったり、放送作家をしていました。
誰やねん。
急になんやねん。
経歴どないなっとんねん。
月刊社員ちゃうぞ。
そう思う方がいるかも知れません。すいません。
今回、月刊芸人から依頼をいただき記事を執筆する運びとなりました。
とても不思議な感覚です。どれくらい不思議な感覚かと言いますと、非常口のマークの緑色の人が正式名称「ピクトさん」であると知った時ぐらい不思議な感覚です。
「8月27日(金)17:00から、ヨシモト∞ホールで開催するコントライブ『仁丹天丼丸三角』のプロモーションとして、月刊芸人に記事を書いてくれないか」
支配人からそう言われた時、いきなりのことに目が点になりました。
右目が点、左目も点、その点同士を線で繋いだら、こいぬ座の完成です。
こいぬ座は星2つだけで構成されている星座なんですよ。知ってましたか?
大昔、星2つを線で繋いで「こいぬだ!」と言った人は、だいぶ疲れてたんだと思います。
私はそんな子犬のように小さく震えながら、潤んだ瞳で支配人に言いました。
「ぼく何も面白いこと書けないですよ」
「ええよ」
「えっ」
そうして私はめでたく記事を執筆することになりました。
ライブにかける思いのようなものも自由に書いて良いとのことなので、書かせていただきます。
恐れ入りますが、拙い文章に少々お付き合いいただけますと幸いです。
今回プロモーション対象となっているコントライブ『仁丹天丼丸三角』ですが、第1回は2021年の4月に開催されました。同じく私が企画、構成している『三八紳士と緞帳淑女』という漫才ライブの姉妹ライブです。今回はその『三八紳士と緞帳淑女』の話も交えつつ、こいぬ座のようにそれぞれのライブの点と点を線で結んでみたいと思います。
お笑いライブの新たなブランディング
ふらっと来れる、安い価格帯のお笑いライブを365日展開する劇場。
ヨシモト∞ホールにそんな魅力が定着している中、ふと考えました。
誰でも気軽にお笑いライブが観れる場所というイメージのヨシモト∞ホールで、コアなお笑いを愛する目の肥えたお客様にも熱を持って楽しんでいただけるようなライブを作るには、一体どうすれば良いのだろう…
「神保町よしもと漫才劇場」の設立によって若手の芸人さんたちはそちらを主軸に活動するようになり、「ヨシモト∞ホール」は芸歴9年目以上の芸人さんたちによる凝縮した笑いを魅せるコアな劇場になりました。
時代の変化と共に、劇場も変化していかなければなりません。
そこで私は、お笑いライブに映画の《ロードショー》のような雰囲気を取り入れてみたらどうなるんだろうと考えました。
本来ロードショーとは古(いにしえ)からある映画の先行上映のことで、皆様も昔の映像で映画を観に来る観客が全員ドレスや燕尾服を着て楽しんでいる様子を見たことがあるかと思います。あれです。
あ、映画が好きです。
年間100本は観ていました。嘘じゃなく。撮ったりもしました。
最近は仕事の都合であまり観れていませんが、かつてはすごかったです。
ポケベルの需要ぐらい、かつてはすごかったです。
今でこそ映画はサブスクリプションサービスの普及などで家でも気軽に楽しめるものとなりましたが、古の時代にはお洒落をして楽しむ贅沢な娯楽でした。
「今日はバスロマン入れちゃお」ぐらい贅沢でした。
その雰囲気をお笑いライブに落とし込んでみたら、今までのライブでは見ることができなかった強力なコンセプトになるのではないか。このお笑いライブの大配信時代、今まで取り払っていた「敷居」を敢えて設定することで、お客様にそのライブを観れたことの喜びを直に感じて貰えるのではないか。そして、それこそがお笑いを人一倍愛する目の肥えたお客様にも楽しんでいただける魅力になるのではないかと考えました。
いつものライブとは少し違う。お洒落をして、知的で優雅な香りを一振り身に纏わせて行きたいような。あのライブを劇場で見たんだと誇りを持って話せるような。そんなライブが作れたらいいなと思いました。
そうして生まれたのが『三八紳士と緞帳淑女』という漫才ライブと『仁丹天丼丸三角』というコントライブでした。全てはここから始まります。
見たことのないライブ演出を
元作家という経歴があるので、自分が企画をしたライブでは絶対に自分が構成に入るようにしています。映像も自分で作っています。
私のライブを一度でもご覧いただいたことがある方はお分かりになるかもしれませんが、お笑いライブとしては演出方法が大きく異なります。
中でも、音楽と映像には絶対的なこだわりがあり、コンセプチュアルな統一感を持たせるようにしています。
例えば『三八紳士と緞帳淑女』では、ライブ中の音楽を全てクラシック音楽に統一しています。
壮大で優雅、高級で品位のある雰囲気を創り上げる為…というのもそうなのですが、私がクラシック音楽を多用するにはもうひとつ理由があります。
それは「聴く人を選ばない」ということです。
クラシック音楽は、万国共通で聞き手が自然と受け入れやすい音楽です。
些細な音楽、いや効果音ひとつでも、そのライブの雰囲気を大きく左右するのです。
ライブの雰囲気を握る大事なアイテムとして、映像も忘れてはなりません。毎度私の公演でお客様からいただくアンケートを拝見すると、映像の美しさに触れていただいているものが多くて見つける度にテンションが上がります。『三八紳士と緞帳淑女』では、クラシック音楽の流れる中、三八マイクがシンプルな照明で照らされた綺麗な映像に出演者の名前が表示されていき、最後に大きくタイトルが表示されます。まるで映画のオープニングかのような壮大な映像が巨大スクリーンに映し出され、お客様をライブが放つ独自の世界観に引き込みます。
さて、ここからが本題です。
今回ご紹介するコントライブ『仁丹天丼丸三角』では、どんな演出が行われているのでしょう。ひとまずこちらをご覧下さい。
これは第1回のオープニングでの演出です。
(画面を明るくしてご覧ください)
いかがでしょうか?
この2~30秒の準備の為に、1ヵ月ぐらいかかりました。
笑っちゃうぐらいの手間と時間がかかっています。
実際に笑っちゃってました。
ライブタイトルが貼られた2枚のパネルに正面から光を当て、影でタイトルを表示しています。この光量の調節も技術スタッフさんと何度も打ち合わせと実験を行い、ベストな状態を作り上げていただきました。
そのパネル2枚が左右に開き、新たに出てきた2枚のパネルが重なり合い、出演者の名前が影で表示されます。光源からパネルまでの距離を考え、それぞれのパネルに貼られた出演者名は重なり合った時にピッタリと合うように微妙にサイズを変えてデザインしています。
これは、コロナ禍の芸人さんの苦悩と打破を表現したオープニングです。
新型コロナウイルスの影響により、緊急事態宣言当初は芸人さんたちがネタ中に近付けない、接触ができない状況に置かれていました。
演者間にアクリルパネルが置かれ、舞台からお客様までの距離をあけるだけではなく、コンビ間にも常にひとつ隔たりがあるような環境で、いつも通りにネタができない日が続きました。
このオープニングに登場するアクリルパネルは、実際に緊急事態宣言下で使用されていたものです。それらが二手に分かれて開くのは、ドアが開くイメージです。今まで芸人さんたちが自由にネタをすることができなかった状況を切り拓く、これから先の自由なお笑いの未来を表現しています。
続いて『仁丹天丼丸三角』第2回のオープニングをご覧下さい。
こちらはシンプルに抽象的な映像のみで構成されています。
実はこれ、開場中からずっとモニターには赤い3つの点だけが表示されており、ピアノの3音だけが劇場内に鳴り響いています。
モニターに表示された3つの点に五線譜が重なることで、開場時から流れていたピアノの音色の意味が分かり、さらにその点の位置がタイトルロゴと重なるというオープニングです。
こちらは前回よりもシンプルながら、強烈な印象を与えるオープニングです。
いいライブはいい導入から。オープニングには一番力を入れなければなりません。
果たして次回の『仁丹天丼丸三角』はどんなオープニングになるのでしょうか。
自分でもまだ分かっていません。
あなたのその目で、ぜひ確かめに来てください。
『仁丹天丼丸三角』は、実力派のコント芸人さん9組による上質なコントライブです。
オープニングトークは一切なし。オープニングの演出が終わるとすぐに1組目のコントが始まります。ネタ中は全てのモニターをオフ。サイドパネルにも黒幕を掛け、コントを見る為に無駄になってしまう、あるいは目が散ってしまうような要素を一切排除しています。
あなたの為に、じっくりと作品に向き合える準備を整えております。
お馴染みの仲間とフライヤー
私のライブのほぼ全てに関わっている大切な仲間が2人います。
本当はもっとたくさんの方にお世話になっているのですが、一人一人書いているとこの記事の入稿に間に合わなくなってしまいますので、特に関わりのあるお二人を。
作家の堀口さんは、いつも私が口から出し散らかす突飛なアイデアを綺麗にまとめて台本にしてくれます。私が提案したことに「こうしてみてはどうですか」と貴重な意見も下さいます。既婚者です。奥さんにお会いしたことはないのですが、きっと素敵な方なんだろうなと思います。
『三八紳士と緞帳淑女』や『仁丹天丼丸三角』はもちろん、『おもしろ漫才おもしろライブ』やダイヤモンドさんによる毎月ツーマンライブ、『超博識トリオの知ったか出鱈目学』や『ダンディズム解決団』、『野澤輸出のサシ大喜利』など、私立案の企画はほぼ全て堀口さんに任せています。進行スタッフや技術スタッフからの信頼も厚い優秀な作家さんです。ただ、お酒と煙草は控えめに。
そしてもう一人が、いつもライブのフライヤーデザインをお任せしているデザイナーのヘンミモリさんです。ライブタイトルとふわっとした抽象的なデザインイメージをヘンミさんにお伝えすると、びっくりするような素晴らしいフライヤーを作って下さいます。
それでは、実際にヘンミモリさんに作っていただいた『仁丹天丼丸三角』のフライヤーをご覧下さい。
かっこいいですね。
ここで『三八紳士と緞帳淑女』のフライヤーを見てみましょう。
気付きましたか?
『三八紳士と緞帳淑女』は西洋的なデザインで『仁丹天丼丸三角』は東洋的なデザインなんです。これはライブタイトルからも感じ取れるかと思うのですが、それを上手くビジュアルに落とし込んでいただきました。天才です。
お客様がライブの情報を知る時、一番最初に目にするのがフライヤーです。
フライヤーのビジュアルからお客様はそのライブの様々を想像します。
ここが魅力的でなければ、お客様にライブへの興味を持っていただくことができません。ライブ本編の魅力を伝える前に終わってしまいます。
フライヤーやビジュアルは、ライブの基盤を作る大事な骨格であるとも言えます。
ビジュアルに力を入れているライブは、絶対に面白いです。
『仁丹天丼丸三角』第3弾
4月から始まった『仁丹天丼丸三角』も今回で3回目の開催となります。
自分で言うのも恐縮ですが、毎回賞レース決勝のような緊張感と素晴らしいコントを楽しめる素敵なコンテンツです。
今回の出演者は下記の皆様です。(敬称略)
うるとらブギーズ
ロングコートダディ
男性ブランコ
やさしいズ
空気階段
コットン
そいつどいつ
サンジェルマン
Aマッソ(ワタナベエンターテインメント)
そうそうたる、本当にそうそうたるです。
毎回そうなのですが、絶対に面白くないわけがないメンバーに集まっていただきました。
今回は私から熱烈なアプローチを送らせていただき、大阪からロングコートダディさんにお越しいただきます。お忙しい中本当にありがとうございます。
ライブとして良いものを作るのはもちろんですが、若手の芸人さんが先輩の芸人さんと一緒にライブに出て勉強できる場所が作れたら良いなという気持ちから、いつも神保町よしもと漫才劇場のメンバーから1組はご出演いただくようにしています。『三八紳士と緞帳淑女』もそうです。今回は神保町からサンジェルマンのお二人にご出演いただきます。ぜひ若手のパワーを感じていただければと思います。
今回も盤石の布陣でお送りする『仁丹天丼丸三角』。
こんなにも「絶対に面白い」と言い切れるライブは滅多にありません。
ハードルを上げに上げていただいて大丈夫です。
そして、今回も有料配信がございます。
遠方のお客様にご自宅からお楽しみいただけたり、会場で観たけどもう一回観たい!という方にもご購入いただける素晴らしいシステムです。
ぜひよろしくお願いいたします。
◆配信日時
8/27(金)配信開始17:00 配信終了18:00
※見逃し視聴は8/29(日)17:00まで
※チケットの販売は見逃し視聴終了日の昼12:00まで
◆概要
『三八紳士と緞帳淑女』のスタッフが贈る、上質なコントライブ第3弾。
毎年キングオブコント決勝進出の有力候補として名前が挙がる芸人たちを贅沢にキャスティング。
実力者ばかりが繰り広げるドラマの数々をご堪能下さい。
コントはもちろん、ライブ独自の演出にも注目です。
今回もオンライン配信に対応。ご自宅からもお楽しみいただけます。
◆出演者
うるとらブギーズ、ロングコートダディ、男性ブランコ、やさしいズ、空気階段、コットン、そいつどいつ、サンジェルマン、Aマッソ(ワタナベエンターテインメント)
おわりに
吉本興業に入社し、ライブプロデューサーとして仕事をする中で気付いたことがあります。
「プロデューサー」と聞くと、ライブ出演者のブッキングや、予算、収支などのお金の管理をする仕事というイメージが大きいかと思います。
その通りなのですが、我々が仕事をする中で最も重要なのは
『100点のライブを120点、いや200点にする!』という心意気だと思います。
芸人さんは皆さん面白いです。
面白い芸人さんがライブに出ている時点で、そのライブは100点です。
我々プロデューサーは、演出面の工夫やプロモーションの段階からとにかく時間と頭を使い、演者の皆様に最高の環境を提供してライブを100点以上のクオリティにするのが一番の仕事だと思います。
そうした工夫から、お客様にチケット料金以上の笑いと感動をお届けして最高のエンターテインメントをお楽しみいただき、また吉本の劇場でお笑いライブを観たい!と思っていただけましたら、それが我々にとって一番の幸せです。
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企画/斎藤岬 執筆/河谷忍 編集/かわべり
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