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メルヘン宇宙~いろんな星のショートショート~ オフローズ・宮崎駿介

神保町よしもと漫才劇場所属 オフローズ・宮崎の連載第八回。
いろんな星で起こるお話を一回読み切りで展開していきます。
今回は、”天国みたいな星”に降り立ったとある刑事のお話です。

第八回 『理由~天国みたいな星~』


最終便の出発時刻まであと五分。
「ふざけんな!」
空港への通りを全力疾走する俺。
こんな星に来るんじゃなかった。
この星は天国みたいな星なんかじゃない。

あいつの死亡記事が出たときに俺は全てを悟った。
(あいつ逃げやがったな!)
あいつは俺の管轄する街の一番大きなマフィアのボスだ。
記事によれば、子分の裏切り、内輪揉めの末に街のゴミ処理場からあいつの死体が見つかった、らしい。見つかった死体には頭が無かった。替え玉だ。俺はデスクを蹴りつけそのままの勢いで刑事部長にこの星への捜査を志願した。

最終便の出発時刻まであと四分。
このままのスピードで走ればあと二分もあれば空港に到着する。体が重い。
こんなことならダイエットコーラにしておくべきだった。
口の中が血の味だ。

この星は噂通りだった。
天国みたいな星。
到着と同時に現地の人々から熱烈な歓迎を受けた。俺の首はすぐにレイが何重にも重なり、首が埋まると手首、足首。俺の体の首という首はすべて歓迎の印で埋まってしまった。
アスファルトは溶けてしまいそうなくらい熱くなり、空港の前の通りは陽炎で先が歪んでいる。
あいつは必ずこの星にいる。
この星はマフィアの間では有名なリゾート地で仕事柄マフィアと接触することの多い俺も詳しく聞いたことがある。
天国みたいな星。
表向きはそう呼ばれているが実際は逃げ場の無くなった悪党が最後に逃げ込むサンクチュアリーのようなものだ。
空港から通りをまっすぐ行くとすぐに海に出る。この海はこの星の一番の名所だ。真っ赤に染まる海に見とれる余裕もなく、海岸沿いを往く人々を観察する。
あいつは必ずこの星にいる。

最終便の出発時刻まであと三分。
空港はもう目の前だ。汗を拭ったところから汗が吹き出てくる。ほとんどが冷や汗だ。
あいつはこの星にいた。

あいつは簡単に見つかった。
ほとんどの人が暑さでやられて俯いているのにあいつはまっすぐに海を見つめていた。
あいつとの長い因縁もこれで最後だ。
よく見るとあいつの隣にだれかいる。あいつが親しげに腰に手を回す人物。
あれは俺の母親だ。
俺の母親はとっくの昔に死んだ。

最終便の出発時刻まであと二分。
空港は最終便に乗り込もうとする人々で溢れかえっていた。
この星は天国みたいな星なんかじゃない。
この星は天国だ。
俺の母親はまだ小さかった俺の目の前で死んだ。母親はあいつの愛人だった。俺の父親はあいつだ。俺はあいつの隠し子というだけでなに不自由なく育った。周りから一目置かれ、畏れられ、常にひとりだった。全部あいつのせいだ。俺はあいつとケリをつけるために刑事になった。
ここは天国か。
最期まで優しかった母親がいるならここは天国に違いない。極悪人のあいつも実は良心があって悪行よりも善行がぎりぎり上回ったのかも知れない。
ここは地獄か。
天国にしては暑すぎる気がする。思えば現地の人も鬼のような形相をしている気がするし、巻かれたレイも硬い金属の鎖のような気もしてきた。
俺は死んだのか。

俺が近づいてもあいつは海を眺めている。
私がおまえの父親だ、おまえには苦労をかけた、ここで三人で暮らそう、頭の中であいつの台詞が聞こえた気がした。
あいつは言った。
「おまえにここはまだ早い」
母親は俺に微笑みかけるだけだ。
あいつは俺が来た道を指して言った。
「今から急げば最終便に乗れるかも知れない」

最終便の出発時刻まであと一分。
ホームでぼうっと立つ俺にスーツ姿の男がぶつかった。
「すみません」
男は俺の方を見ずに頭を下げると縦長の宇宙船の側面に飛び付いた。宇宙船の中は超満員で入れなかった人々は宇宙船の表面にしがみつき、宇宙船の表面にしがみつけなかった人々は宇宙船の表面にしがみついている人にしがみつき……。俺はそれをうらやましく眺めた。
ここまで走ってきたものの俺には最後の最後にしがみつく理由が見つからなかった。
俺の理由はいつもあいつだった。

海岸に戻るとまだ俺の両親は同じ場所にいた。
俺は父親が欲しかっただけなのかも知れない。

天国だろうと地獄だろうと。

二人に近づくと母親は俺に気付き無言で俺を抱きしめた。
俺はあいつに向かって言った。
「お父さん」
あいつの肩が少し震えた気がした。
あいつははじめて俺の方を向いた。
俺はあいつと長い間見つめ合った。

天国だろうと地獄だろうと。

俺に顔を近づけてあいつは言った。
「……おまえ全然俺に似てないな」
最終便の通った跡が白い雲になって空にまっすぐ伸びている。
ここは地獄だ。

■オフローズ
2016年結成。カンノコレクション、宮崎駿介、明賀愛貴のトリオ

著者/オフローズ・宮崎駿介
絵/オフローズ・明賀愛貴

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