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春。右も左も (三)

(三)

「あっ、はじめまして。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。じゃ、年長の私からにしましょうか。」

マダムの方から話し始めてくれて、少しほっとした。柔らかいけどさっぱりした声で気持ちいい。

「ソトゾノマキと言います。ソトゾノは神宮外苑の外苑です。東京都の武蔵野市から来ました。子どもも独立したので、ずっとしたかったアートの勉強をしようと思って入学しました。三年次編入学です。よろしくお願いします。」
「え、東京から来はったんですか?」とつい言ってしまった。

「一生に一回の入学式ですからね。大学がどんなところなのかも見ておきたかったし。朝の新幹線で」
「すごーい。私なんかうち出たのお昼前です。滋賀なんでわりと近いので。」
「いいわねえ近いと。図書館なんかも使えて。」

今まで気づかなかったけど、大学に近いって、実はかなり恵まれているんだ。

「今度はあなたの番」
「あ、はい。えーと。北白川ユイです。十九歳です。一浪です。とにかく大学に行きたいと思って入学しました。」
「若いのねー。かっちりしたかっこしてるから、もうちょっとお姉さんかと思った。うちの子とあんまり変わらないですね。」
「同じくらいの人があんまりいなくて、少し心細いです。」

実際この会場に、ぱっと見現役とか一浪という感じの人は見当たらない。若く見える人もいるけど、落ち着いた感じで大人っぽい気がする。でも、私もそう見られてるのかもしれない。若い人、少ないのだろうか。それとも、ほんとは凄くいるけど、来ていないのだろうか? おじさんやおばさんに見えるけど実は十代という人もいるのだろうか。いや心が十代という意味ではなく。

「アートに興味があるの?」ときかれて、えーととか、あーとか言っているうちに,自己紹介タイムは終わりになった。少しあわあわしてしまった。自己紹介、考えてきたのにうまく言えなかった。だけど外苑さんがフレンドリーな人でよかった。でも、私は何がしたいんだろう?

このワークショップは二部構成らしい。

まず「学びたいこと、なりたい自分」。勉強したいことや抱負を思いつくままに挙げるらしい。

二つ目は「疑問と心配をシェアしよう」だ。いずれも、手持ちのスマホから学科のSNS「airUコミュニティ」のトピックにコメントとして書き込むと、先生が画面上のポストイットに書き込んで、ああでもないこうでもないと整理してくれるらしかった。

「学びたいこと、なりたい自分」では、少し悩んだ。学ぶことのイメージがそんなに明確ではなかったからだ。私は、「大卒になりたい」と書き込んだ。みんなもっと夢みたいなことを書いているのかもしれない。

「疑問と心配をシェアしよう」では、「レポートを書けるか不安」というのと「勉強のペースがわからない」というのと、「何から手をつけていいかわからない」というのを書いた。心配ごとはどんどん出てくる気もしたけれど、とりあえずこの三つにとどめることにした。

ワークショップの結果はこんな感じ。

「大卒になりたい」という人は私だけじゃなかった! それだけで、この中に同志がいるんだという気持ちに少しなる。「芸術について体系的に学びたい」という人も多い。「芸術について語れるようになりたい」という人もいた。「世の中の役に立ちたい」というのもある。

どれも、そうなんだ、すごい、と思うけど、私のなかにもそういうのあるような気もしてきた。自分の中の気づいていないところに、淡い明かりが当たったような気がした。


心配事のほうも、私だけの問題ではないことがわかった。特にレポート執筆に不安を抱えている人は多いようで、画面上にポストイットの塔ができていた。「履修計画をどう立てたらいいか」「時間の確保どうするか」といったものも多かった。そこまでまだ考えていなかったけど、言われてみれば確かに問題だ。


私の場合は、「履修計画って何?」っていう感じだ。私のように「何から手をつけていいかわからない」という人も何人もいて、ほっとした。私だけの困り事ではなかったんだ、というだけで、少し気持ちがほどける感じがした。

自分と同じようなことを考えていたり抱えていたりする人がいるのがわかったのも良かったけれど、自分とは違った人も大勢いることがわかったのも面白かった。

画面上のポストイットについて先生からいろいろなコメントがあって、ワークショップは終わり。その後はノムラ先生のガイダンスレクチャーだった。情報満載で、ここで話を聞いて初めてわかったことがたくさんあった。終わりの方では情報量が多すぎて頭がぼわぼわになってきたけれど、「これだけは」というのはわかったのでよかった。

これを聞いたか聞いてないかはすごく大きな差なのではないだろうか。来なかった人,大丈夫なのだろうか。「これだけは」は次の三つ。

1.履修計画は絶対崩れるので、常に見直してよい。
2.困ったらまず学習ガイドを読むこと。
3.今日もらった「はじめにやることリスト」をやること。

これならなんとか手をつけられそうな気がする。「何から手をつけていいかわからない」という疑問は、解決したわけだ。周りの人たちもぱらぱらと席と立ち始めた。もう帰っていいのかな。ほっとして資料と筆記用具をバッグにしまったところで、ちょっと気になって、座り直してスマホでairUコミュニティを開けてみたら、通知が表示されていた。外苑さんからのフレンド申請だった。

承認ボタンを押して、隣を見たら、外苑さんと目が合った。はにかんでいて、なんだかかわいかった。ちょっと恥ずかしいけど、おたがいさまかな。よろしくお願いします、と会釈した。

見回すと、周りでもスマホ持った同士で挨拶しあっている。なんかいい感じだ。SNSについてはこれまでいい記憶あまりなかったけれど、ここのはやっていけそうな気がした。

(続く)

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