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春。右も左も (四)

(四)

教室を出て、階段を降りて歩道に戻る頃には、陽はすっかり傾いていた。バスから乗り継いだ電車ではなんとか座れたので、「はじめにやることリスト」のプリントを引っ張り出してみた。「はじめにやることリスト」は六項目だ。

①airUコミュニティにログインしてみる
②airUコミュニティの「芸術教養学科の中庭」に参加する
③学習ガイドの履修計画の立て方を見て、自分の履修計画を立てる
④今日のガイダンスで一緒になった学友にフレンド申請をする
⑤ガイダンスをしていた教員にフレンド申請をする
⑥airUにログインして「芸術教養入門」を履修してみる

①②は、ワークショップの時に済ませた。帰ったら家のパソコンでもログインしておこう。
 ③は明日改めてにしよう。いや、帰ったらairUマイページから推奨モデルだけでも見るだけ見てみようと思い直した。
 ④、外苑さんと友達になった。日記とか書くと増えるのかな。
 ⑤先生へのフレンド申請…。勢いでやってしまおう。「メンバー検索」で先生の名前を入力すると、先生のページが出てくる。ハヤカワ先生、ノムラ先生、シモムラ先生、ミヤ先生、ミキ先生…。片っ端からフレンド申請だ。
 ⑥「芸術教養入門」…さすがにこれは明日にしよう。明日朝一番に開いて、とにかく動画を見てみよう。スマホのカレンダーに、そういう予定を入れた。

「はじめにやることリスト」とスマホを行ったり来たりしているうちに、車窓は紫色に暮れてきた。駅に着く頃には、すっかり夜っぽくなっていた。
 改札を出てロータリーに出ると、お父さんとお母さんが迎えに来てくれていた。えーどうしたん?

「せっかくのおめでたい日だから、何か食べに行かないか、ってお父さんが」
とお母さん。急に言い出したらしい。お母さんは嬉しそうだ。お父さんはなんだかあっちをむいて、コンビニの灯に照らされた桜を見ている。たぶんどういう顔をしていいのかわからないんだと思う。私もそういうところがあるからわかる。

「何か食べたいものあった? 店頼んじゃったけどよかったかな。」
と桜の方を向いたままで言う。いいよあそこだったらなんでもおいしいし。などとやっぱり桜を見ながら返事をしているうちに、朝には少しあったもやっとした気持ちがなくなっていることに気づいた。今日はおめでたい日なんだ、喜んでいいんだ、というのがじわじわやってきた。
 お父さんもお母さんも桜の花も暖かい夜の風も、コンビニの前を行く人たちも、なんだか嬉しそうに見えてきて、うわあそうか春なんだ、と思った。

この晩の中華では、お父さんもお母さんもいつもより一杯くらい多く飲んで、いつもより多くしゃべった。
 始まりは、お父さんが持ち帰ったパンフレットだった。あの時、なんで今頃そんなこと言うんだよだいたいわたし程度の画力で芸術大学なんて通用するわけないじゃんばっかじゃないの、と思ってスルーしてごめんなさい。

最後の炒め物のお皿がおおむね空いたころ、
「お父さん、パンフレットありがとう。」
と言えた。言えてよかったと思う。

明日は、芸術教養入門、開いてみようと思った。

(春の部 了)

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