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展覧会レビュー『竹内栖鳳 破壊と創生のエネルギー』

記載者:若原一葉 
京都市立芸術大学 美術学部 総合芸術学科2年

 京都市京セラ美術館は今年11月で開館90周年を迎え、記念展として『竹内栖鳳 破壊と創生のエネルギー』が本館南回廊一階にて開催されている。竹内栖鳳は京都画壇の代表的画家の1人であり、四条派に学んだと同時に、その枠に囚われず古典画の模写や自身の観察により独自の画風を確立していった人物だ。栖鳳といえば動物画が有名であるが、ちょうど京都市美術館の隣には京都市動物園がある。京都市動物園は1903年の開館であり、実際に栖鳳も訪れたという。こういったところも長い歴史のある京都の魅力であり、ここで学ぶことができてよかったと感じる。私自身は普段は日本画に強い関心があるわけでもなく、竹内栖鳳についても詳しくは知らなかったが、今回の記念展に訪れたのは栖鳳の動物画に興味があったからだ。ポスターにも獅子が大々的に載せられていたので、今回の展示で動物画を多く観れることを期待していた。

 さて、今回の展示では、栖鳳の画家としての生涯と絵画制作における姿勢を紹介することで、栖鳳の歩みをたどることができる展示となっている。展示の流れとしては、第1章の栖鳳の画家として頭角を表した初期に始まり、第2章では世界の芸術表現を求めヨーロッパへ赴いた時代の展示がある後、文展の審査員であると共に自身の作品も発表し、日本の新しい美術を築いていこうと若者を鼓舞した時代の作品が展示されている。第3章に日本画の破壊と新たな時代を築こうと挑戦する人物画などをみることができる。第4章で動物画を中心とした写生、第5章で旅に影響を受けた風景画の数々が鑑賞でき、最後の第6章に動物画が再び展示されている。今回は完成作品のほか、栖鳳の代表作《絵になる最初》が目玉となるが、他にも動物観察のスケッチ、大きな屏風絵も迫力があり、ボリュームのある展覧会となっている。特に、未完の作品として展示されていた一点が素晴らしかったので、後ほど紹介したいと思う。動物画に関しても発見が沢山あった。また、栖鳳が旅先で見つけたお気に入りの場所、影響を与えた街の風景に関する作品が展示されているので、栖鳳の足跡をたどり、栖鳳の旅を一緒に見ているような展示になっていた。

 西洋の風景画を取り入れた水墨画作品《ベニスの月》(1904年)は、1900年の半年間の渡欧経験を元に描いている。遠景に帆船のシルエットが月明かりでくっきりと浮かんでいる。手前に見える船は先ほど見た小舟とは違い、バイキングの船のように両端が上を向いた形状をしている。この作品では、街の建造物より、船の方が明瞭に描かれているのが印象的である。しかし、手前の小舟の存在を見落とす方は多いかもしれない。恐らく記憶に残るのは霞む街並みと大きな船である。しかし、手前の小舟たちを手で隠すと、小舟たちがいない景色は淋しいと気づくのだ。これらの小舟にはちゃんと重要な役割があることを知った上で栖鳳は配置し、描いていたのだから、この作品は栖鳳が持つ画家としての計算高さを物語っていると捉えていいだろう。

《ベニスの月》(1904年) 

 未完の作品というのは、《船と鴎》(1911年頃)である。先ほどの《ベニスの月》も含め、船が登場する作品はいくつも展示されているが、とりわけこの図がダイナミックで印象的だった。屏風全体にはみ出すほど大きく船が描かれており、下から先頭だけ見える船の無造作な配置により、船がぷかぷかと波に揺られて浮かんでいる動きが表されており、まるで本当に岸から船を見下ろしているようだ。カモメは詳細も描かれないままの状態である。この作品は文展に出展する予定で制作されたが、間に合わなかったために途中で終了した。完成の姿が見れないのは本当に残念だが、未完の状態でなければこのもどかしい思いは抱かなかったであろうし、そこまで印象に残らなかったのかもしれないとも考えた。線画のみだからこそ輪郭の美しさが見えるし、未完だからこそ想像の余地が与えられ、印象深くなっているのだろうから、恐らくこの作品は、「未完が完成」であると考えることにした。 

 栖鳳の独自の画風は、彼が前提とする過去に学ぶことを重視する姿勢と、古い考えに囚われず広い視野を持ち制作するべきだという二つの考えを実現しようとする意志によって開拓された。広い視野を持つには新たなものを受け入れ、積極的に挑戦していくことが必要である。彼がその重要性を実感したのは、おそらく渡欧の経験が強く影響しているのではないかと考えた。やはり栖鳳の制作において、「旅」は見逃せない内容となってくるだろう。栖鳳はパリ万博、中国、茨城県の潮来などに訪れている。パリで本物のライオンを観察したことで、その後の獅子を描いた作品は格段にレベルがあがり、より現実に近い、獣らしく迫力のある姿となっている。毛並みの一つ一つまで見ていたい作品だ。パリでのメモや小さなスケッチが残された手帳の展示もされている。そちらと比較して見ることで、栖鳳がライオンのポーズをブロンズ像からも観察したことがわかる。常に作品に活かせる素材を探していたことが明らかになり、その研究熱心さに尊敬の念を抱いた。 

 同じく動物を描いた作品に鹿の屏風絵がある。《夏鹿》(1936年)の見どころはやはり群れから離れた一匹の鹿の飛び跳ねる様子である。動物が見せる気まぐれな動きを瞬時に捉え、正確に描き出す、栖鳳の観察力と再現力の高さが最大限に生かされている。鹿の動きのみならず、表情などもそれぞれ違い、物語性がある作品でもある。成体の鹿たちが飛び跳ねる一匹に注目しているのに対し、子鹿が我関せず乳を飲もうとしているのは微笑ましく可愛らしい。見る人によって物語が違ってくるのではないだろうか。

《夏鹿》(1936年)画像はMOA美術館サイトより 

 モチーフに対するこだわりは人物画にも見ることができる。《絵になる最初》(1913年)では、モデルに着せる衣装のデザインについて非常に悩んだ末、高島屋の商品で一番気に入った柄の帯を基礎として作品の着物の柄を描いたというエピソードがある。そもそもモデルを使用するというのも当時では珍しいが、これも渡欧の際に美術学校で人体デッサンに参加し、人体構造を理解することが人物を描く際に重要であると実感したためである。《絵になる最初》は文展での公開で話題作となり、この作品の柄を忠実に再現して製造された生地が「栖鳳絣」と呼ばれるようになったという。栖鳳の苦戦から意外な展開となったのは、とても興味深い。

《絵になる最初》(1913年)

 栖鳳が好んだモチーフとして有名なのが雀である。彼の描く雀は躍動感に富んでいるが、それも普段の観察の賜物なのだろう。沢山の雀の下書きが何度も描き直され、一羽一羽の配置なども切り貼りして構成を練ってあり、完成までの長い努力の跡がうかがえる。雀のみが何十羽と描かれた《喜雀》(1940年)では、画面を埋めるには小さすぎる鳥の群れが金地の大きな屏風に描かれている様が少し物足りないと感じるかもしれないが、空白と雀たちのバランスを保つのが非常に難しいため、画面が自然で美しく見える配置がよく考えられている作品でもある。意地でも雀しか描かない、という栖鳳の自分への挑戦ともとれる強い意思にあふれており、他作品にはない魅力があった。このモチーフへのこだわりは《絵になる最初》と共通した部分があるように思われる。「匂いまで描く」と言わしめた技量により、雀の作品においては羽音と可愛らしいさえずりまで聞こえてくるようだった。それはまるで野外の雀の群れを観察している気分である。栖鳳の観察行為から生じる精密な表現が、時代を超えて鑑賞者にまで実際に観察しているような臨場感を共有しているのだと思った。頑なといえば頑ななのだが、それゆえ栖鳳の世界観は確立され現在に至るまで京都画壇の重要人物として認められているのだろうと考えた。

《喜雀》(1940年)画像はMOA美術館サイトより

 中国を旅した際には人々の生活の様子に惹かれ、街を描いている。穏やかな中国の村の景色を描いた《南清風色》(1926年)からは、時を超えて鑑賞者を旅の高揚感に巻き込み、栖鳳の率直な好奇心や感動、新たな体験を描くことへの喜びが伝わってくる。中国で撮影された、ロバに乗る栖鳳の写真も展示されており、栖鳳が中国の旅を楽しんでいたことを証明してくれるだろう。

 そして、長らく中国の桃源風景を探していた栖鳳が見つけた理想の地が潮来であった。中国にも旅行に行ったが、実際に心を惹かれたのは中国の町並みであったのだ。一口に中国といっても広大なので、限られた滞在時間の中で理想の風景を探し出すのは難しい。日本国内で見つけるほうが現実的であると考えたのかもしれない。潮来は海へとつながる河口付近の地域であるため、小舟の往来も生活の中に深く根付いているようだ。《潮来小夏》(1930年)作品の中にも、水辺に建つ小さな家と、仕事から帰ってきたのであろう人物と牛を乗せた小舟を描いたものがある。農業に務める人々の何気ない日常に注目されており、その長閑な風景に陶酔した栖鳳の心情が現れていると感じられた。しかし、これは非常に個人的な意見であるが、たとえ大人しい個体であっても、牛を小さな船に乗せるなんて不安定で怖くないのだろうかと少し気になってしまった。

 実際に訪れてみて、予想よりも多くの動物画の作品数で楽しめたうえ、全体のボリュームもありとてもによかった。今回の展示により、過去から学ぶと共に新たな形を創造していった、竹内栖鳳の歩みの軌跡を見ることができた。また、栖鳳の身につけた私物などの展示もあり、栖鳳をより身近な存在に感じられるところも見どころである。展覧会後期には、《絵になる最初》(1913年)も展示され、その迫力を間近で感じることができてとてもよかった。

会期
2023年10月7日(土)〜12月3日(日)
前期 10月7日(土)〜11月5日(日)
後期 11月7日(火)〜12月3日(日)

時間
10:00~18:00(最終入場は17:30まで)
【夜間延長開館】11/11(土)のみ 20:00 まで(最終入場は19:30)

会場
京都市京セラ美術館
〒606-8344 京都市左京区岡崎円勝寺町124
https://kyotocity-kyocera.museum/

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