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ハブとマングース。

沖縄には、「ハブとマングースの闘い」を見せるショーがある。彼らは天敵といわれていて、マングースは一見イタチのようでそんな強い感じには見えないのだけど、実はハブを食べてしまうほどの強さがある。
元々は奄美大島での見世物がスタートらしく、今は沖縄本島で派手に宣伝はされてはないものの
いまだに細々と余興の一つとして存在しているようだ。

さて、この天敵と言われる生き物の闘いは、実社会でも見ることができる。

うちの会社でも以前はこのような天敵の二人が、あの手この手を駆使して戦う場面を目にすることがあった。過去形になったのは、このハブとマングースも徐々に年齢を重ね、昔ほどのエネルギーがなくなってしまったからだ。

このハブとマングースが、昔一度だけこちらにターゲットを定めてきたことがあった。片方からではない、両方からである。

入社した当時、私は若かった。そして、男性ばかりの業界で、前職もちょっと珍しかった。
そのような条件がそろうと、物珍しさもありなんとなくちやほやされている感じが出ていたのだろう。自分の中では、それは若さと絶対的に異性の少なさという状況がもたらした結果だと分析していたので、変に勘違いもすることもなかったのだが、女性の少ない職場にあって、ハブとマングースは黙っていなかった。

彼女たちと私は全く接点のない職場にあったにもかかわらず、朝と夕方に見かける一瞬のタイミングで次々に先制攻撃を仕掛けてきたのだ。

第一弾の攻撃はハブからだった。

「彼女のしているピアスがキラキラ光って、仕事に集中できません」

真面目な顔をして、上司に訴えた。

次にマングースも負けじと反撃してきた。

「彼女の履いているストッキングを見ると、気になって意識が途切れます」

その話が廻りに廻ってこちらの耳に入ってきたときは、私は爆笑した。ピアスは直径0.5㎝ほどの小さなもので、ストッキングはダイヤ柄だったけれど地味な黒だったから。いや、そういうことではない。そんなことを口に出して上司に伝えたというレベルにぶったまげてしまったのだ。
しかしハブとマングースは大まじめに、私の外見についてこれ以上はないと言うほどネガティブに仕立てた内容を会社に訴え続け、それは日に日にエスカレートしていった。

人間の心理とは恐ろしいもので、二か月ほど毎日毎日言われると、会社も言う方ではなく言われる方にも多少の問題があるのではないかとそんな恐ろしい一部の人の声がちらほらこちらの耳にまで届いてくるようになっていた。
もちろん98%くらいの人たちは失笑し、気にしないようにと言ってくれたのだが、2%の人はいつの間にか半信半疑にさえなっていたのだ。その頃にはもう私は笑っていなかった。ハブとマングースは天敵だが、同じ方向性で動くとものすごいパワーを持つことを実感し始めていたから。

この状況は他の支社にも静かに、でもしっかりと伝わっていて、ある時同僚から電話がかかってきた。

「大人の対応をしてたらつぶされるから、さっさとやり返しなさい」

彼女は都会ではない地域の出身で、幼少時代を過ごした地元にはいくつもこのような業界があり、
その裏側を分かりすぎていたから、いわゆるオトナの対応が全く功を奏さないことを身をもって知っていた。
やり返すってどういう意味?と、当時は本当にナイーブで、話せばわかってくれるでしょうなどと
お気楽なお嬢的な発想があったのだが、ここでは全く通用しないのだということをすぐに悟った。

そこから私の作戦がスタートする。

ハブとマングースは、いったいどんな時に何を感じて、どうターゲットを定め、攻撃するのか。
心理状態から行動までを徹底的に分析したのだ。ハブは、どうやら甘いもの好きで頂き物に弱いらしいということが判明した。さっそく出張に行くとご当地のお菓子を買って、皆さまでどうぞと渡す「モノ作戦」に。合計3回ほど実施しただろうか。さんざん嫌がらせをしてきた人に自腹で買ったお土産を渡す苦痛と言ったらなかったが、これは作戦だと割り切って実行した。

マングースは、かなり複雑な家庭環境だったので、人を信じるということがなかった。
周囲に心を許す人が極端に少ないのは知っていたので、数少ない友人の言うことは信じるということはわかっていたから、その友人から徐々に攻めることにした。

一か月もすると、ハブとマングースの嫌がらせは嘘のように止まり、気が付けばターゲットから
私は外れていた。当初の作戦は、ハブとマングースの攻撃から逃げ切ることだったのだが、こちらにもだんだん知恵がつき、そこから逃げ切るだけでは気がすまなくなっていた。
何とかしてこんなことは二度としないように2人にわからせたい。そんな思いがふつふつと心の奥底に湧いてきていた。

そんな頃、精神的にはかなりタフで厳しい期間ではあったが、エネルギーのほとんどを仕事に集中していた結果、思いのほか高い評価をもらえ、ハブとマングースの所属や業務に意見できるような立場になっていた。
当初は彼女たちを許せない気持ちがあったのだが、いざどうにでもできる立場になってみると
何ともバカバカしくなってしまい、意見をすることはやめた。
彼女たちの評価はもうすでに出ていたからだ。

誰の心にも「ハブとマングース」がいる。
それが心の中で大きく成長してしまうかどうか。
子供のころから与えられてきた環境、その後自分で作っていく環境、そこからくる思考や行動を自分の意思だけで違う方向へ切り替えるのは本当に難しい。彼女たちも最初からこんな感じではなかったと思うから。

次に沖縄へ行ったとき、今度こそ「ハブとマングースの闘い」を見るのだろうか?と考えたが、たぶん見ないだろう。

そして、今朝もハブとマングースは笑顔で挨拶をしてきた。

温かいお気持ち、ありがとうございます。 そんな優しい貴方の1日はきっと素敵なものになるでしょう。