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パリ・オペラ座の日々1993~1994:7月22日 南仏旅行③「アヴィニヨン~ニーム~アルル」


7月22日(木)

朝7時のバス(バスは朝&夜の一日2便だけ)でゴルドを出発。中継地のカヴァイヨンで朝食をとり、8時半くらいにアヴィニヨンに到着。市内を歩く。教皇庁、ベネゼ橋など見て回る。夏の演劇祭の真っ最中で街はごった返していた。

アルルへ行こうとして列車に乗っていたところ、間違えてニームに着いてしまった。仕方なく折り返しの列車を待つ間に、後日ニームに来る時のためのホテルの予約、オペラ座公演のチケットの確認などして時間をつぶす。14時30分の列車でアルルへ戻りホテルにチェックイン。今日のホテルも悪くはないのだが、昨日のゴルドが良すぎたのでちょっとガッカリ。アルル市内の全モニュメント共通券を購入して、浴場跡、古代劇場など観光。翌日のエクスカーションを予約した。Macで遅い昼食。

移動ばかりで疲れてしまったので、ホテルに戻ってもう寝ようかと話していたのに、だんだんお腹が減ってきて近くのレストランで食事。お腹いっぱい。

バス 72F
カフェ 30F
ロッカー代 15F
カフェ 16F
パン 20F
SNCF 70F
カフェ 22F
ピンボール 5F
お手洗い 4F
モニュメント見学パス 88F
エクスカーションチケット代 140F
マック 80F
水 7F
梨 3F
アルルのレストラン 152F


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(さよならゴルド。いつの日かまた来れたらいいな)

二晩すごしたゴルドを後にしてバスでアヴィニヨンに戻ります。ゴルド⇔カヴァイヨン間のバスは、朝と夜の2便だけなので乗り遅れたらどうしよう…と思ってましたけど無事に脱出。アヴィニヨンへ戻り半日だけ観光しました。

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まずは歴史地区の中心となる教皇庁へ。当時はキリスト教会の歴史について知識が乏しく、ローマにあるはずの教皇庁がどうしてフランスに?と疑問に思いました。観光ガイドブックの解説だけだと、そういった詳しい経緯はなかなかよく分からないですよね。

本来はローマのヴァティカン市国に設置されているはずのカトリック教皇庁が、一時的にフランスのアヴィニヨンに移動していた期間がありました。それは1307~1377年までの70年間で、この史実は、紀元前6世紀頃ユダヤの民がメソポタミア文明のバビロニアへ連れ去られた「バビロン捕囚」になぞらえて「アヴィニヨン捕囚」と言われています。1377年に教皇がローマへと帰還した後も、カトリック教会内では権力争いが続き、ローマとアヴィニヨンに同時に二人の教皇が存在するシスマ(教会大分裂)という状態の時期もありました。最終的には1417年にローマ教皇庁に一本化され、アヴィニヨンの教皇庁宮殿は見捨てられることになりました。

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堅牢で立派な宮殿ですけど、盛期ルネサンスの16世紀に整備されたヴァティカン市国のサン・ピエトロ大聖堂のような華やかさはありません。1300年代の建造ですから、宗教的な側面よりも城塞としての機能性が優先されている印象です。1400年代に教皇庁としての役割を終えると、その後は荒廃しフランス革命時にも相当ひどい扱いを受けたようです。20世紀に入ってから修復が開始され、現在は内部が博物館などとして利用されています。

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そしてアヴィニヨンといえばこちら!

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サン・ベネゼ橋(Pont Saint-Bénézet)

12世紀に建設されたローヌ川にかかるアーチ橋なのですが、途中半分くらいの場所でブツっと切れてその先が無くなっています。なぜだか日本中誰でも知っている童謡「アヴィニヨンの橋の上で」の”橋”です。1185年にローヌ川に架けられた全長920mの橋だったのですが、その後戦闘や洪水で破壊されて、4分の一くらいの状態で放置されてしまいました。

Wikipediaによると「…老朽化も著しいので、歌にあるように橋の上でみんなで輪になって踊るのは不可能である。実際に歌ったり踊ったりしていた場所は橋の下の島であった」ということです。みんなが知ってるあの歌は15世紀には既に存在していたようで、橋の完成を祝して作られたものでは?と推定されているようです。

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教皇庁の高い場所からかな…。眼下に橋が見えます。


アヴィニヨンはちょうど夏の演劇祭を開催中で、駅前からのエリアがすごい賑わいでした。普段の町の住民数と同じ9万人の人々が訪れるという、世界的な演劇祭なんだそうです。

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町中にポスター、立て看板、パフォーマンスなどが溢れていました。

残念ながらお芝居を観ている時間は無くて、宿を予約してあるアルルへと電車で移動しました。

ところがうっかりしてアルルとは違う方向の電車(西のトゥールーズ方向)に乗ってしまい、ニームでようやく間違えたことに気が付き下車。引き返さねばならないのですが、折り返しの列車もすぐには無いので、仕方なく町を散策。ニームの宿がまだ決まっていなかったので、実際に見学して二日後の部屋を予約したり、目当てにしていたオペラ座・バレエ団の公演の詳細を観光案内所で確認したりしました。


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(アヴィニヨンと同じく、アルルもローヌ川沿いに建設された町)

アルルへは午後3時頃到着してホテルへ。ゴーミヨーで探したホテルだったのでそれほど悪くはないんだけど、昨日までのゴルドの宿が良すぎたので少しがっかりしました(ちょっと狭かった)。

間違えて行ってしまったニームもそうなんですが、アルルも古代ローマの足跡が深く残っている町です。歴史地区には古代闘技場、劇場、浴場などの遺跡がたくさん残されています。そこで一枚でたくさんのモニュメントを見学できるチケットを購入。

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(見学した場所にはチェックが入ってます)

夕方にローマ遺跡をあれこれ見学しました。

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その後は観光案内所で、翌日のエクスカーションツアーを申し込んだり、夕飯食べたり。移動が入るとはやり疲れますね。ということで見どころ満載のアルルもやはり二泊してゆっくりすることにしました。





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