救世主を歌う ― オラトリオの世界

 茶の湯とキリスト教との間には、さまざまな共通点がある。茶の湯でもっとも重要視される濃茶席で連客は、濃厚に練られた抹茶をひとつの茶碗で回し飲む。この所作は、ミサの聖体拝領で、司祭らがひとつの杯からワインを回し飲むのによく似ている。茶の湯の普及期とカトリックの日本への布教時期とが重なっていたことから、後者から前者へ身振りの伝播があったのかもしれない。
 両者の共通点のひとつに「暦」の始まりの時期がある。茶の湯の「正月」は亥月亥日、新暦で考えれば11月から12月にかけて。閉じていた炉を開け、新茶の入った茶壺の口を切る。西方キリスト教会の「正月」もまさにこのころ。イエスの生誕を待ち望むひと月ほどの期間、つまり待降節(アドヴェント)とともにキリスト教会暦は始まる。救い主の誕生を祝うクリスマス(キリストのミサの意)は、教会暦年最初の大祭だ。
 ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「クリスマス・オラトリオ」もゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルのオラトリオ「メサイア」も、「オラトリオ」と題される。この用語はいずれも、作曲家自身が自筆譜に書き入れたもの。当時の音楽理論家ヴァルターの『音楽事典』によると「オラトリオ」は、「宗教的な歌劇、または宗教物語の音楽的な上演」とされている。どちらの作品も、その定義に収まっているが、その用途については異なる。

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