短編小説『珍猿園』

バラエティ番組撮影の下準備を押し付けられた日本のTV局の海外支局に常駐してる記者。
だが、撮影現場の「一風変った動物園」には、ありがちな秘密が……?
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。


 あのなぁ、日本の地上波のTV局は「報道機関」として放送免許もらってんだよ。
 だから、俺達、報道部が「本流」で、バラエティ部門は「傍流」なんだよ。
 何で、記者の俺がバラエティ番組の撮影の手助けやんなきゃいけないんだよ?

『すいません、例の動物園ですが、取材申し込みのメールに返事が来ません』
『え〜? 駄目でしょ、もっと熱心に頼まなきゃ。熱意さえ有れば、何とかなるよ』
『いや、こっちは「返事が無いのはNOと思え。それも積極的なNOだ」って文化なんですよ』
 俺が記者として現地支局に常駐してるこの国に、変った動物園が有る……そんな噂がネット上に流れているらしい。
 だが、どこの国のマスコミも、ネットメディアも、動画配信者も、その「内部での撮影は厳禁」の動物園の隠し撮りに成功していないそうだ。
 この国出身だが若くしてアメリカか中国かインドに渡り、そこで富豪になった人物……英語だと代名詞がheかsheかすらも不明な謎の人物が、祖国の教育と学術研究の為に多額の寄付をした。
 その寄付の一部を使って作られた自然保護・野生動物保護の為の研究機関に付属する科学啓蒙が目的の動物園らしい。
『これだから、報道部の人は、理想主義者の脳内御花畑なんだよ。あきらめないでやってよ。辺鄙な後進国の動物園が日本みたいな先進国のTVで紹介されるんだよ。向こうにとっても有り難い話でしょ。その辺りを、先方にも、よく、わからせてやってよ』
 ごめん、円安その他で、今、その「辺鄙な後進国」の平均収入は日本を超えちまってんだけど……。
 都市部だと下手したら、東京よりも都会っぽいし。
『けど、この手の事は、専門のロケ・コーディネーターさんに頼んだ方がよくないですか? ほら、前にこっちに取材に来た時に雇った人居たでしょ?』
『ああ、あのチャンネ〜か。会社から独立してフリーでやるようになってから、俺達のチームの仕事は、お断りだとよ。やっぱ、生意気な女は、ちゃんと、わからせなきゃいけね〜なぁ。あんなメスの代りなんて、いくらでも居るのに、つけあがりやがって』
 待て、口ではそう言ってるが、現実ってモノは正直だ。
 代りが見付からなかったから、俺に余計な仕事が発生したんじゃねえのか? どう考えても。

 結局、撮影チームがやって来る当日になるまで、返事は無かった。
「よし、じゃあ、アポ無し撮影だ。行くぞ」
「へっ? 俺もですか?」
「当り前でしょ。こっちの言葉判るスタッフ居ないんだよ?」
 あの……ここの公用語は英語なんだけど……。
 この数のスタッフで、1人もマトモに英語話せる奴居ないのか?
 ああ、そうか、このクソどもと仕事やりたくないって言ってたコーディネーターが、今までは全部手配してたのか。
 だが、その時、気付くべきだった。
 まず、現地まで行く車に運転手を誰も手配していなかった。
 それからは、地獄が続いた。
 何か有る度に、誰も何も手配してない事が次から次へと判明していったのだ。

「どうすんだよ。もう、明日の朝には、帰りの飛行機に乗らねえといけねえんだぞ」
 ようやく、その動物園に着いたのは、撮影予定最終日の閉園時間の1時間前。
 何とか、動物園のスタッフに交渉し、まずは、研究施設へ行ってくれ、と言われ……。

「我々は、ここで、人類の進化について研究しています」
 えっ?
 研究施設の責任者らしい30代後半ぐらいの女性は、そう言った。
 だが……俺の脳裏には「?」の嵐。
 何だ、その……優生学とかその辺りのヤバそうなトンデモにしか思えない話は?
 そして、そんな研究をやってる施設に、何で付属動物園が必要なんだ?
「人類は歴史を通じて、ある方向に変化しています。個々の人々も社会全体も……。ある意味で、これは進化と呼んでいいでしょう。人間は自らの手で作り上げた『文明』という第2の自然に適応しつつあるのです。しかし、そうでない個体も未だに存在しています。我々が解明したいのは、進化から取り残されているかに見える個体達の存在意義……」
 ふにゃっ?
 あれ?
 すごく、綺麗な光の渦が見えるぞ。
 何なんだろ?
 ああ、そう言や、何で……あの変な味がするお茶を出されたのは俺たちだけけけけへけけけけ……。

「うき〜うき〜うき〜ッ‼」
 俺達の群の「アルファ雄」になったのは、あの強引で阿呆で厚顔無恥である事を武器として有効に使う手段を心得ていた撮影チームのチーフだった。
 ヤツはエサも、数少ない女性スタッフも支給されたダッ○ワ○フも独占し、俺達に見せ付けるように(性的描写につき一部自粛)。
「あ〜、録画開始。やはり、この群でも、『アルファ雄』による独裁体制が築かれました。『アルファ雄』が雌やリソースを独占し、その他の雄は『アルファ雄』に服従する、というのは、彼等の本能によるものか、それとも、我々が知らず知らずの内に意図せず、そのような群が出来易い環境を作り上げてしまったのかは、もう少し条件を変えて実験すべきと思われます。その為の実験個体は今のところ足りていませんが、この調子であれば、1年後には十分な個体数が揃うと思われます」
 研究者はカメラに向かい、英語でそう説明していた。
「うきぃ……ッ‼」
 そして最近は……隣の檻の白人の男が7割以上を占める群と、俺達の群との間に、険悪な雰囲気が漂い始めていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?