短編小説『PV数がイマイチなせいで事務所を「卒業」させられたVtuberですが新天地に移って無双する予定です』

もちろん、例によって例の如く、タイトル通りの話になる訳が無い。
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。


 冗談じゃない。
 冗談じゃない。
 もう嫌だ。
 職を失なったも同然の状態で実家に帰ると、家族からは「早く次の仕事を見付けろ。何なら、お前の従兄弟やってる畑を手伝え」と顔を合わせる度に言われ……「『引きこもり』『ニート』だって、散歩ぐらい行くわ」ってのは嘘みたいで、俺の場合だと、たった1ヶ月で、家族と顔を合わせたらパニック障害の発作が出るようになっていた。
 
「お前な、いつまでも、こぎゃん馬鹿な夢ば見とらんと、とっとと職安に行かんかいッ‼」
 今も今とて、「収録」中に「萌え系」の事を「ロリコン」と呼ぶようなリテラシー皆無の糞爺ィ(俺の父親の事だが)が部屋に入って来て、収録&編集用のデスクトップPCの電源を引き抜いた。
「あ……あ……あ……あ……」
「おい、男なら、言いたか事が有んなら、はっきり言わんかい。全く、しょ〜もなか奴やなお前は。何で、兄弟ん中で、お前だけ、そぎゃんなったとか?」

「お前、卒業な。キャラの権利とかは全部お前にやるから、今後は個人チャンネルでやってくれ」
「そ……卒業ですか……?」
 話は3ヶ月前に遡る。
 所属していたVtuber運営会社の社長に呼び出されたと思ったら、言われたのが、いきなりそれだった。
 最悪の状況と言えば、当時からそうだった。
 俺が「中の人」をやってるVtuber「愛野キヅナ」は、この運営会社の中ではPV数最下位……それも、1つ上の奴にダブルスコアを付けられての最下位だった。「入社」1年目の新人Vtuber(中の人)にさえ舐められまくる駄目Vtuber(中の人)だった。
「卒業って……その……追放って事ですよね?」
「卒業だよ。もう、プレスリリースも準備してある」
「ちょっと……待って下さい」
「えっ? 嫌だって言うの? プレスリリースを必死こいて作ったスタッフの苦労を水の泡にする気? そう云うとこだよ、お前が人気が無い理由は」
「そ……そんな……」
「じゃ、退職届け書いたら、明日から会社来なくていいから。あと、退職届けの退職理由は『自己都合』な」
「待って下さい……そ……そんな……」
「ああ、そうだ、ところで退職金の事だが……銀行振り込みと、一昔前の型式だけど、まだ十分に使える動画編集用のPCを退職金代りに受け取るの、どっちがいい?」

「すいません、連絡が付きませんで……その……」
 個人チャンネルに動画をUPするペースは月1回、PV数は絶望的……そんな状況の中、九州に有る俺の実家にやって来たのは……TV局の社員だった。
 それも、地元局じゃなくて、東京のキー局。
「あ……あの……ウチの馬鹿が何か犯罪とかしでかし……」
 俺の糞親父は……渡された名刺を見ながら、呆然としていた。
「いえ、出演の依頼です。あ、こちらからでも、首都圏に引っ越されても、可能なお仕事です」
「は……はあ……」
「とりあえず、日曜の昼のバラエティ番組に出演してもらえますか? 台本は毎週水曜日までにメール等で送付しますので」
「え……えっと……」
「いやあ、この番組のプロデューサーが前々からVtuberの中でも『愛野キヅナ』さんに注目してまして……ええ、最近はVtuberも地上波のTVに出るのは普通でして、正直に言いますと、将来有望そうなVtuberを他局に取られない内に青田買いしようと云う事で……」

 ネットでその番組の事を調べてみた。
 何か、少し前の知事選についての報道に関して、俺が大嫌いな「思想が強い」系の奴らから散々叩かれていた。
 って事は……どうやら、マスゴミにしてはマトモな番組のようだ。
 そして、その番組を観てみると……何かレギュラー出演してた女子アナが「番組を卒業」する事になったらしい。
 ネットの「思想が強い」系の奴らは……「何で、たった3ヶ月で交代なんだよ?」とか言ってたが……そりゃ、番組の方針変更に決ってるだろ。これからは、人間の女子アナにやらせてた事をVtuberにやらせようとかの……。
 俺は、一も二もなく承諾し……そして、俺の最初の出演回の台本が送られてきた。
「では、今回の選挙から、投票場でのマイナンバーカードの提示が義務付けられましたので、投票に行かれる方は御注意下さい。皆さんも早めにマイナンバーカードを取得しましょうね♥」
 俺は台本に従って、動画の製作を始め……。

社内コンプライアンス委員会各位様
バラエティ番組「ユリちゃんに任せろ」プロデューサーより
 先日の都知事選の際に投票方法に関する誤情報を流した事で、ネット上での炎上が発生し、更に、傷を小さくするつもりで「出演していた女子の局アナのアドリブ」と発表した事で逆に傷口を広げてしまった事、関係者各位に深くお詫び申し上げます。
 とは言いましても「大人の事情」と云うヤツで、今後も似たような事態が起きる事が予想されます関係上、どうしても事後の人身御供が必要となります。
 委員各位からの「そのような場合の責任を立場の弱い人間1人に背負わせるのは、いかがなものか?」と云う御指摘も、また、御尤もなので、これまで当番組で女子アナがやっていた役割を、今後は「人間」では無いVtuberにやらせ、今回のような場合の人身御供は、そのVtuberに全ておっかぶせる方針といたします。
 既に、あるVtuber事務所より、適当な人材を紹介されております。
 たしかに妥協案では有りますが、これ以外に現実的な対策は無いと考えますので、御理解のほどよろしくお願いします。

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