短編小説『「ポリコレ・コンプラに配慮して面白いモノが出来るかッ!!??」……からの顎カックン』

十数年前、SNSへの投稿を叩かれて、事実上、業界から追われた舞台演出家。
しかし、彼が、かつて演技指導をした元子役は、今や演技派の若き名俳優となっていたのだが……?
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。


 あれから、十年以上……あの頃から、映画もドラマも舞台も、ポリコレやコンプラで、どんどん、つまんなくなっていった。
 業界に残った後輩達は、SNSなんかに不満を表明する事も少なくなった。
 もう、二〇代ぐらいの若い奴らは、俺が業界に居た頃の「当り前」を知らなくなった。今のつまんない映画やドラマや舞台が「普通」だと思い込んでいる。
 このままじゃ……ああ、でも、業界を追われ、実家に戻って、農家やってる親類の手伝いで食い繋いでる俺には、もう、何も出来ない。

 始まりは、ある動画配信者から、俺が演出家をやってる劇団に取材依頼が来た事だった。
 何度かのメールのやりとりや、WEB会議アプリでの打ち合わせを経て、そいつと俺達が近いものである事……例えば「ポリコレやコンプラが有ってこそエンタメは面白くなる」みたいな意味不明な@#$%を真顔で口走るような脳内御花畑野郎じゃない事は確認出来た。
 だが、後にして思えば、この時に、問題が1つ有る事に気付いてるべきだった。
 そいつは……「フォロワーも多いが、敵はもっと多い」ような奴だったのだ。

 その動画配信者から編集中の動画の一部をもらって、俺は、俺達の劇団の子役への稽古の一場面を宣伝代りにSNSにUPしたが……なんと、その様子が「児童虐待」だの「時代遅れの体育会系。あと演技や演出も時代遅れ」だの散々罵倒されたのだ。
 芝居の事なんか何も知らないポリコレ教の狂信者どもによって……。
 普段から、俺達の業界がポリコレ・コンプラに思想汚染されている事を一緒に飲みに行く度に嘆いていた業界の先輩達は、当然のように……みんな知らんぷりをしやがった。
 なるほど、これが現実主義ってものか。
 俺達が巻き込まれた炎上に自分達も巻き込まれないようにしてたんだ。
 あと、問題の動画配信者も自分は何も関わってないフリをして……ああ、そうだ、俺達が業界を追われた年後に「あまりに酷かったんで止めようとしたが、あの@#$%どもは聞く耳持ちませんでした」とか言い出しやがった。

 後は良く有るパターンだ。
 真面目に会社員や公務員になってた高校・大学の頃の同級生達が、結婚して子供が出来て係長あたりになって、人生が面白いのは青春時代だけじゃねえぞ、むしろ人生これからだ、って状態の齢になって、俺を含めた俺達の劇団の主要メンバーは人生を一からとまではいかなくても、高校か大学を出た辺りからやり直す羽目になった。
 それも、強制リセットされる前より、みじめな人生を……。

 この時代になっても、同居してる俺の親たちの娯楽はネットよりTVらしい。
 実家の屋根の上には地上波用と衛星放送用のアンテナが乗ってて、台風なんかでアンテナの向きが変ろうものなら、そろそこ、足腰がアレになってる親父の代りに、俺が屋根の上まで登って、アンテナの向きを調整する羽目になる。
 だが……その日の晩飯時、TVに写ってたのは……。
 たしか、日曜日の子供向け特撮への出演で有名になり、朝ドラに映画にと活躍中の若手の美人女優。
 そいつへのインタビューが行なわれてた。
「あの……子供の頃に、SNSで炎上した劇団に所属されていたとか……」
「はい、あれはいい経験になりました。あくまで、個人的にはですが……」
 俺は、思わずカレー用のスプーンを落しそうになった。
 親父とお袋は、俺の方を見る。
「個人的には……ですか?」
「たしかに、しごきが厳しかったので、俳優への道を諦めた子も居ます。その子達が夢を諦めないでいてくれたなら、と思うと、今でも胸が痛くなります。でも、少なくとも、あの劇団で私は今の演技の基礎が出来ました」
 涙が溢れてきた。
 ポリコレ教の狂信者どもがSNSであげてる不協和音の大合唱に心をやられて……「ひょっとして俺達こそ間違っていたんじゃないのか?」……この十数年で、何度も、何度も、何度も、そう想い続けてきた。
 でも……。
 そうだ……。
 俺達が、この、たった1人であっても、名優と呼べる奴を育て上げる事に成功したんだ……。
 この子の……この一言で……俺は……これからの長くツラい人生を生きていく事が出来る。
 胸が熱くなり……。
「でも、あんな問題のあった劇団で……何か、すぐれた指導でもやっていたのですか?」
「そこが問題で……時代遅れの、どうしようもない指導方法でした。だから、才能の有る子達が、次々と潰されていったんです」
 えっ?
 ……な……何を言って……。
「演出だって、今からすると当時の基準からしても駄目で古臭いものでしたし……何より、劇団の大人達は、子役の演技を見る目が有りませんでした」
「あ……あの……それなのに、何を学ばれたんですか?」
「ええ、ですから、私は、あの劇団で、手を抜きつつ、大人達の思い通りの行動をしてるフリを、ずっとやってきました。それを通して、私は演技というものの基礎を知らず知らずの内に身に付けたんです」

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