『クオン・デ 革命の生涯(CUỘC ĐỜI CÁCH MẠNG CƯỜNG ĐỂ )』(Saigon Vietnam,1957) ~フランスのベトナム侵略 ~
西山(タイ・ソン)党の反乱を平定した阮福暎(グエン・フック・アイン=開祖嘉隆(ザー・ロン)帝)が阮王朝を開いたのが1802年。王朝設立から半世紀後の仏西艦隊によるダナン港への砲声(1858)を皮切りに、南から北へ蹂躙された越南王国は、各都市を征服されて講和条約を締結しフランスの保護国になりました。
フランスの支配に抗するベトナム義党の勤王決起も、西洋近代兵器の前には歯が立たず、次々と逮捕、投獄、或いは処刑されましたが、それでもベトナム人達は決して諦めませんでした。民族史上最大の亡国危難を救おうと、ベトナム国内各地で老若の救国志士たちが次々と起ち上がったのです。
ベトナム史は現代日本では馴染みが薄いですので、その頃のベトナム国内状況を、ベトナム人歴史家・儒教研究家の陳仲淦(チャン・チョン・キム、Trần Trọng Kim)氏の『越南史略』(初版1921年)から要約し、クオン・デ候自伝の前説にしました。
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『フランスのベトナム侵略』
**貿易とキリスト教布教**
ヨーロッパ人がベトナムでキリスト教布教を開始したのは古く、1533年には現在の南定(ナムディン、Nam Định)省各村で布教活動を始めた『イネク』という西洋人の名が歴史書に見られる。彼らは商売と布教活動2つの目的でベトナムにやって来て、外国商館が立ち並ぶ賑やかな港町・広南(クアン・ナム、Quảng Nam)
地方の會安(ホイ・アン、Hội An)に商館を開いた。
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