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100分de名著 『偶然性・アイロニー・連帯 ローティ』朱喜哲 著

100分de名著(NHKEテレ)でローティを初めて知り、これは価値がある、いい内容だと録画したもののなかなか理解が進まない。そんな時は書店に走る。NHKテキストを立ち読みし、分かりやすそうだったので購入。

テレビで第2回から見始めたからか。テキストは第1回から読む、これが正解。
音声言語で敵わないなら、文字言語に切り替える。文字で駄目なら音声に戻る。そんなこんなで少しずつ進んでいる。

アイロニーは皮肉、冷笑、斜に構えた『ではない』そんなネガティブは嫌だ。批判的思考だと、何でも反対しているようだけれど、批評的思考だと誤解は少ない。「一度立ち止まって考える」くらいが丁度いい。朱さんは35p8~10Lで 自らを高みから見下ろし、さらなる創造につなげていく態度だと。

気になっていた第4回
残酷さに対峙するための共感   p84~p85

当事者がその渦中においては整然としたことばで語ることができない事例など、最近とみに目に入る。後からでも発信することの大切さとその困難さ。だから『ひとまずは他の者がことばにする必要』と朱さんは語る。感知する人、感知できない人。感知しても発信しない人。だから小説、詩、報道に託されると。(エスノグラフィー=調査、観察、インタビューなどデータではない調査方法)確かにデータだけからでは人の心は汲み取りにくい。
大切なことだからそれ以外にも、もう少し日常的にないかと考える。コミックや歌の歌詞にもよい作品はあるし、報道以外にも放送全般で探したい。

希望としての『感情教育』p85~p87

興味関心の欠如という残酷さp90~p92
もし自分が相手だったらという想像力がないのかなあ、自己中かな ハンバートは。恋の特性?(こうすれば相手がよいだろう)と考えているのは、結局自分なんだよね。ロリータとカスビームの床屋は、分かりやすい。

哲学は身近な事例を思い付きやすく、今を生きるのに必要。難解な専門的語句を少なくしても内容が深いことが分かる。「難しいことをこそ簡単に」語ってくれていることが嬉しい。

頭がいいとか、悪いとか。
若いとか、若くないとか。
美しいとか、美しくないとか。
学歴が高いとか、高くないとか。そんなことに煩わされている人たちにどう言えばいいのかと考えたりもしていたけれど、哲学を知ったら多分解決する。だからやっぱり、本人ではなくて、周りの人たちが哲学しなくちゃ。

失われた30年にずっと仕事をしてきた私は、失われた30年(未満)しか生きていない人たちの歌やダンスや良質の笑いに、癒され元気をもらい、応援することで日々をリズミカルに過ごしている。


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