ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 50.狂い姫


 帝暦7225年 アルパチア暦233年2月8日 現陽(午前)11:00

 天空世界ムーカイラムラーヴァリーの中層、ラーマチア空域にガルチア島はある。

 ガルチア島の中間部にある山脈を国境として、西部のシャルメチアと東部のアルパチア。国境から東に1512カト(1カト/1キロ)、東の端にあるアルパチア王都ブランメルからは、西に1603カトの地点にシャンテウ平原が存在する。

 のちに、シャンテウ会戦と呼ばれる戦いがあったこの空域では、すでに両国の地上軍が展開していた。

 侵攻してきたシャルメチア・アラゴ連合軍2万1千人に対して、攻められたアルパチア側が、開戦時に集められた兵力は、敵軍の約半数、1万人程度と不利な状況だった。

 先立つ2月6日の朝、シャルメチアの先遣隊が、アルパチア王都を急襲している。

 しかし、すでにその数日前から、シャルメチア・アラゴ地上軍は、密かにアルパチア領に分散して侵入。5日より攻撃を開始していた。結果、アルパチア西部の部隊はほぼ壊滅しており、それが兵数の差として表れている。

 天空世界ムーカイラムラーヴァリー、その地上戦の主な兵種は、歩兵と騎兵。そして、火力の大きい戦車が中心だ。だが、戦車に関しては、航空戦力であるスペイゼにその地位を取って代わられようとしている。

 戦車は火力が高く、オーラの消費もスペイゼほど多くない。それによりオーラの弱い者でも扱え、運用できる人員の幅を広げられるのがメリットだ。対して、航空戦力に比べて機動力が劣ること。上空からの攻撃に弱いことがデメリットとなる。

 地上戦力は、上空からの攻撃に弱い。

 それにより、あくまでも戦闘の主役は空中戦力と考えられている。とは言いながらも、地域の制圧という面では、地上戦力は必要不可欠なので無くなることはない。逆に言えば、侵攻してきた地上戦力を、空中戦力をもって壊滅させることができれば勝利とも言える。

 アルパチアの空中戦力、その大部分は王都に集約されていたので、侵攻開始時からの被害は少ない。なので、この会戦には、ほぼ全てを投入することができた。

 しかし、アラゴ軍が参戦していることもあり、空中戦でも不利なことに変わりはなかった。

「なんだい、ちゃんといくさらしくなってるじゃないか」

 三叉みつまたほこをモチーフにして、黄色と青二色で作られた旗がある。その旗を掲げる戦船せんせんのブリッジ。船長席の横にある椅子に、足を組んで座っていた女機士がつぶやいた。

 ムーン・ドレイク・アラゴ。

 アラゴ帝国の第四王女。31歳で女の花盛り。一見、長身できゃしゃな体つきだが、アルパチアとシャルメチア。アラゴ帝国が存在する中層ラーマチア空域では、随一ずいいちの機士として知られていた。

 『アラゴの狂い姫』『プリンセスバーサーカー』としての異名を持ち、全天空でも数えるほどしかいない機士としての最高位『機聖きせい』の称号を得ている。

 特徴はウェーブのかかった、燃えるような美しくて長い赤髪。

 その姿を見た者は、一瞬その美しさに目を奪われるが、すぐに取って食われるような感覚と、恐怖に襲われる。

「なんですかお嬢、ずいぶん楽しそうですね。アルパチアですかい?」

 大きなガタイで、茶色の髭づらが特徴の男性機士がムーンにたずねる。

「違うさね。こっちのシャルメチアの奴らだよ。最初見たときは酷く感じたけど、短期間でなんとか持ち直したね……まぁ、さまにはなってるよ。」

 シャルメチア王国は、すでにアラゴ帝国の傀儡国家と化している。

 半年前。父であるアラゴ皇帝に命じられ、顔が良いだけのシャルメチア第二王子に輿入れした。

 シャルメチアには、過去の遺恨からアルパチアへ侵攻する大義名分がある。それを利用しての戦争だった。

 最終的な目的は、シャルメチアとアルパチア両国の統一と、その後、ガルチア島全土をアラゴ帝国へ併合すること。

 ――アラゴ帝国。

 アルパチアとシャルメチアがあるガルチア島を含む、中層ラーマチア空域で最大の軍事国家である。その国力はアルパチア・シャルメチア両国を足してもアラゴ帝国の半分程度にしかならない。

 アラゴ帝国は、国是として「欲しい物は奪う」を掲げている。

 国の成り立ちからして、初代皇帝は『ドレイク』を名乗った『空賊』であったとも伝えられていた。

 皇帝である父は良くわかっている。嫁ぐことが目的ならあたしは従わない。あたしは戦えればよいのだ。だからそのための命には大人しく従う。今の父には都合の良い娘だろう。

(兄たちには面白くないだろうがね……)

「楽しいうちは黙って従うさ……」

 従卒である若い女性武官がワインを持ってきた。なんだか戦場の空気のせいで緊張している。

 ムーンは、ワインを受け取り一口飲む。

「きゃ!」

 強引に女性武官の胸倉を掴み、顔を引き寄せた。

 そのまま口移しで、ワインを女武官の口へ流し込む。女性武官から顔を離すと、その表情は恥ずかしいような、怒ったような顔つきをしていた。

「お嬢様……こんなところで……」
「はっはっは! キャンダル。なに緊張してんだい。楽しいのはここからじゃないか」
「お嬢……」

 髭づらの男性機士。レレン・ボケンが呆れたように言った。

「船長♪」

 ムーンが、機嫌よく隣に座っている戦船の船長を呼んだ。

いくさがはじまっても、あたしの指示があるまでは、うちの連中の三割だけを戦線に投入だ。3交代で前に出すんだよ」

 年配の船長は、ムーンの言葉を聞いて、わかっているかのように片目を閉じて見せた。

「そんなこと言ってもお嬢が先に出ちまうんでしょうが」

 レレンが呆れた顔のまま口にする。

「まぁ、この島でお嬢の相手になる奴なんざいませんがね……」

 それを聞いて、ブリッジの端で天空を見ていた若い男性武官が振り返る。
 
「レレンさん。副団長が『雪機士せつきし』には気をつけろって言ってましたよ」
「ジャンタ、それは留守番役にされた副団長が、嫌みで言ったんじゃねぇのか」

 ジャンタと呼ばれた背の低い男性武官は、腕を組みながら反論する。

「レレンさん。いくらなんでもそりゃないっすよ。副団長はうちの団で一番まともな常識人すよ。レレンさんならわかりますけど……」
「なんだと!」
「「「そりゃそーだ。ははは」」」

 ブリッジ内で笑い声が響く。

「まぁ、そんなのが出てくればすぐわかるさね。それよりあたしは、前回王都で会った2人の機士の方が気になるね~。あれはいい男さね。今すぐあたしのベッドに連れ込みたいくらいさ」
「そりゃ覚悟がいりますな~」
「「「ハハハッ」」」

 誰かが言って皆が笑いあう。

「あの二人ですか」

 一緒に、王都への急襲を行ったレレンが口を挟む。

「まぁ、確かに見るべきものはありましたがね。お嬢がそこまで言うほどの奴らでしたか?」

 レレンの言い分に、ジャンタとキャンダルまでもがうなずく」

「あぁ~。おまえたちは、なにすねてんだよ」

 ムーンは、色っぽい表情で微笑んだ。

「あたしはね……将来性を見てるんだよ。いろんな意味でね」

 ムーンが、自分の唇を舐めた。

「だからなんだっけかね? あいつらの機士団」
「ダルマ機士団です」

 レレンが答える。

「だろ。だったらあの二人の上役が『雪機士』ザッシュ・マインさね」

 ムーンが言う。

「なんだ、やっぱ副団長から聞いてたんじゃないすか」

 ムーンは、からかうような表情でジャンタを見た。

「そりゃ~、美味しそうな料理の名前くらいは聞いておくさ」

 ムーンはそう言うと、席から立ち上がり歩き出す。

 ブリッジを出てからしばらく歩き、ハンガーへ向かった。後ろには従卒であるキャンダルが付き従っている。

 アラゴ帝国には、大小15の機士団が存在するが、特に知られているのは、シウタード機士団とエルテル重機士団。そして、ムーンが団長を務めるレンダ機士団だ。

 今回の会戦に参加しているのはレンダ機士団のみ。シャルメチア王都アルケアには、アラゴ第一王子である兄が、別の機士団と共に駐留していた。

 レンダ機士団の旗船である『バンシール』のハンガーには5体の機人が格納されている。

 5体の内、4体はアラゴの主力機である『ガラガンド』。

 そして、残りの一体がムーンの機人である『アーケーム』である。

 アーケームは、シャープなフレームで美しい機体だった。肩より上にフレームが伸びており、一風変わったデザインに感じる。顔の表情をよく見ると目の部分が細く、無表情ながらも美しさを感じるが、見る者によっては不気味に感じられれる。

 サージアとして名をはせたゲルマリック・ブレイルが、生涯で制作した最高の機人6体。ゲルマリックシリーズの1体として知られていた。

 ゲルマリック・プレイルは、アルパチアに来る前にアラゴ帝国でサージアをしており、そのときにアーケームを完成させた。

 ゲルマリック・プレイルの生まれは他の空域とされており、アラゴ帝国のあるアラゴン島に流れ着いた時には、すでにアーケームのオーラ核を持っていた。そのオーラ核は、天空で稀に目撃される『龍種』、『赤龍』のもの。赤龍のオーラ核を使用した機人の制作と、調整に必要な多大な費用と時間。当時のアラゴ帝国皇帝は、自身の資産からそれを援助した。

 だが、問題がおこる。完成したアーケームを扱える機士がいなかったからだ。

 どの機士が乗っても、アーケームは起動しなかった。

 欠陥品だとプレイルは非難された。その上、プレイルを保護していた皇帝が崩御。それに伴ってプレイルはアラゴン島から出ていくことになる。

 プレイルが去ったあと、アーケームは封印された。

 ムーンが21歳のときに、アーケームに選ばれることになったあの日まで……。

 ムーンがアーケームの前に立ち、その頭部を見つめる。

 あのとき……あんたがあたしを呼んだあのときから、あたしの心は戦い一色になったんだ。まったく、赤龍って言うのはそんなに強欲なのかねぇ……。

「でも……あたしが戦えなくなったら、あんたは誰を載せるんだい?」

 ムーンはそうつぶやいた。

(つづく)

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