ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 52.シャンテウ空域会戦     (2)最初の一手


 アロンゾの船内でアラーム音が響く。

 その音と共に、アキトさんがハンガーに入ってくる。わたしとのすれ違いざまに、アキトさんはわたしを見ながら頷いた。わたしもその頷きに返すように首を縦に振る。

 パラムスに向かうアキトさんの背中を見ながら、その向こうにあるパラムスを仰ぎ見た。

 わたしは、できうる限りの強化として、オーラコーティングを行った。

 コーティングの効果は3時間から4時間程度とケリーさんに言われていたが、そもそも一旦コーティングをしてから、再度コーティングを行ったのだ。その場合での効果ではどうなるだろう。さらに良い効果が出ることを......それだけを強く願った。

 慌ただしくなるアロンゾ船内。その中で、アキトさんがパラムスのコクピットに入った。パラムスのお腹部分が、観音開きで開いている。アキトさんの話では、お腹のハッチを閉じて、オーラで起動を掛けると、中から外部が見える透明になるらしい。

 お腹のハッチが閉じられた、中からは見えてるらしいが、さすがに外からはわからない。

 パラムスが軌道する。以前、わたしはパラムスを「虫のようだ」と形容した。今あらためて見ると確かに失礼な言い方だった。今の感じは、耳のないウサギがお面を付けている感じだろうか。

(う~ん。まだ表現に無理があるかな......)
  
 アキトさんのパラムスは、ハンガーの内側に備え付けられているラックからライフルボムと呼ばれる武器を左腕の甲部分に装着させる。

 パラムスが歩行する振動が、わたしにも伝わる。

 ハンガーの左出口付近で一旦止まった。

「アキト・ブルハーンのパラムス。出る!」

 その掛け声は、ハンガーないのスピーカーを通じて聞こえてきた。声と同時にアキトさんのパラムスが、ハンガーから天空へ飛び出す。飛び出してすぐに、パラムスの背中のブースターからオーラの光が流れ出て、飛び去っていった。

「ブルハーン隊のジャマール・アセタ。抜錨ばつびょう!」

「ブルハーン隊のライマ・リーグ。抜錨ばつびょう!」

 続けて、スピーカーからジャマールさんの声が聞こえた。もう一機の操縦士の声も聞こえる。その瞬間にアロンゾ両脇のアームからオハジキが切り離された。機人とは飛び方が異なり、飛ぶと言うよりも、浮いている感じで、滑降するようにアキトさんのパラムスの後を追いかけていった。

「さやかさんは、アキトさんの個室にいてください。とりあえずあそこが一番安全です」

 後ろにいたケリーさんがわたしに向かって言う。

「安全? この状況下で?」

 わたしは首をかしげる。

「この状況だからこそ、少しでも安全と思えるところにいた方がよいかと......」

 わたしは、ケリーさんの正面まで行き、自分の顔を近づけてジッと見る。
 
「行ってもいいけど、はじまったからには、わたしも出来ることをやりますよ」

 ケリーさんは困った顔をする。
 
「まぁ......さやかさんが......ここで大人しくしていられるわけはないですよね......」

「ふふふ♪」

 
 しばらくして、スピーカーから流れる砲撃の合図。

 会戦がはじまった......。

 アロンゾからも、砲撃が放たれる。

 砲撃するたびに振動が感じられた。

 ケリーさんから強引に教えてもらったけど、アロンゾの乗務員は、機士とオハジキの乗務員を除くと20名程度。狭いブリッジにいるのは船の指揮をとる船長と副船長。総舵手と副総舵手。通信士と航空士の6人くらい。それ以外には砲撃手や機関士、防空士ってのもいるみたい。整備士はケリーさんを含めて3名で、ハンガー待機だと思っていたけど、なんだかんだで、皆が兼務で装填手や調理師などを行っている。

「ケリーさん。一番オーラが必要なところって何処かな?」

 今度は、ケリーさんがジト目でわたしを見返したが、すぐに割り切った表情になった。

「う~ん。機関室ですかね」

「機関室~♪」

「では......あまり無理をしないようにお願いします」

「は~い♪」

 わたしは機関室に入ったが、湿度が高い空間だった。そこでわたしは、指定された席に座る。

 実は、普通に船を浮かしたり、軽く動かしたりするためのオーラ量は、それほど必要ないらしい。船を天空に浮かべるための鉱石である『天空宝石てんくうほうせき』略して『天石てんせき』を船の動力に利用しているためだ。

 では、オーラがいつ必要になるかと言うと、速度を上げるときや、無理な運動をさせるとき。と言っても機人やスペイゼと違って、船はその構造上、それほど無理な動きを取ることはできない。主に長時間での戦闘中。出力を一時的にアップさせるためにオーラを流し込む。

「回避運動! 取舵!」

 スピーカーから声が聞こえた。

 聞こえたその瞬間。わたしは触れているレバーに生成したオーラを送り込む。その瞬間『グゥン!』と身体の左側に圧力がかかったが、握っているレバーでなんとか体勢を維持した。

「なんだ? こんな瞬時の勢いがある回避運動なんて初めて体験するぞ......」

 横にいた機関士男性が驚いている......。

(わたし、またなにかやってしまったらしい......。まっ......いっか......)

 
 会戦がはじまってから、2時間くらいが経過しただろうか。アキトさんのパラムスやオハジキも一回補給しに戻ってきた。両方とも大した被害は無かったので、単純な補給と調整だけで再び出撃していく。

 アキトさんとは、言葉を交わすことも出来なかった。

(まぁ、しょうがない......)

 再び機関室に戻る。機関室でのオーラ供給は激務らしく、他の部署からもたびたび応援がやって来る。わたしは機関士の人と、交代で休憩しながら作業した。

「すなねぇな、お嬢ちゃん。こんな激戦なんて、そうそうあるもんじゃなくてな。実はもうヘロヘロだ」

 わりと、年配の機関士の人が口に出す。

「いえいえ。少なくても2時間。いえ、1時間単位で休憩するようにしましょう。その方が効率が良いです。あと、軽食も取りましょう」

 わたしは、おじさんだけでなく、機関室に応援に来た人にも携帯食を渡す。普通の工場とかなら2時間で10分は休憩するけど、さすがに戦場だとね......。わたしも携帯食を口にする。硬い棒状のパンだった。

(戦時の携帯食のせいなのかな? カロリー補充のためか、かなり甘い......)

「なんかこれお菓子みたいですね」

「おう。それは普段でも子どもが喜んで食うやつだ。何種類かあってな.....」

「......なんか、ここだけ戦場というかピクニックになってません?」

 途中で、ケリーさんがわたしの様子を見に来た。

「あっ、ケリーさんもどうぞ♪」

 ケリーさんは、わたしから携帯食を受け取り口に入れる。

「戦場が膠着状態です......」

 ケリーさんが口にする。

「そうなんですか? このままだと、どうなりますか?」

 わたしは聞いた。

「この状態が維持出来れば、我が軍には有利です。地上軍は時間とともに増えますし、補給面でもこちらの方が有利ですから」

「ならなんとか.......」

「でも、そうはなりません」

 わたしは口を閉じる。ケリーさんの表情が変わったからだ。

「そろそろ、敵の後方にいるアラゴの本隊が......残りの戦力を投入してくるでしょう。そうなったらこちらの戦線は崩壊しかねません。いや......するでしょう」

「それって......」

「まにあうか......」(ボソッ)

「「「!!!!!!」」」

「きゃ!!!」

 ケリーさんは何か言ったが、それが何を意味するか、考える前に船全体で大きな衝撃を感じた。

「この衝撃は......。直撃?」

 ケリーさんは、機関室にある通信マイクを手に取った。

「ブリッジ! こちら機関室。聞こえますか!」

「............」

 返事は返ってこない......。

「ハンガー! ケリーです。そっちの状況を教えてください」

 しばらく待つ......。

「こちらハンガー! こっちは問題ない。大丈夫だ」

「了解です! 一人、ブリッジに応援に行ってください」

 ケリーさんがマイクを戻す。

「僕はブリッジを見てきます」

 ケリーさんが機関室を出ようとする。

「待ってわたしも行きます!」

 ケリーさんは何も言わなかったので、わたしはついて行くことにする。

「ごめんなさい。おじさん。ここを離れます」

 わたしは、機関士のおじさんに告げる。

「大丈夫だ嬢ちゃん。ここはまかせときな」

 わたしたちはブリッジへ向かった。

 ケリーさんとブリッジに入った。

 ブリッジの中は散々だった。直撃を受けたわけではなかったが、敵の砲弾がブリッジの上部をカスったのだろう。その箇所からは外部がのぞける。乗員で立ち上がってる人もいるが、船長席のあたりは吹き飛んでいた。

 ケリーさんが、ブリッジの上部。吹き飛んだ部分になにか投げる。それは裂けめに当たり、ガムのような物質で裂けめを塞いだ。

「船長と副船長は?」

 ケリーさんが先に来ていた。ハンガーから応援にやって来ていた人に尋ねる。

「だめだ......。船長は外に吹き飛ばされて、副船長は......」

 その人は、下に倒れている人を見る。その人の頭部には布が掛けられていたが、ピクリとも動かない......。

「さやかさんは、これ以上見ないでください」

 ケリーさんはそう言うと、立っている人と協力して副船長だったものを移動した。

 総舵手の人も頭から血を流し横になっている。代わりの副総舵手らしき人が船のかじを握っているが、わたしよりも若い感じがする女性だった。

 ブリッジからは天空が良く見え、周囲では砲撃の煙が上がり、激戦の中にいることを嫌でも体感させられる。

 急にアロンゾが右に移動した。その後にブリッジの左側を敵の砲弾が通過する。

「よし!」

 総舵席にいる女性武官が興奮するように声を挙げる。感は良いようだ。

 ケリーさんは、目を閉じている。

 何かを考えるような表情だった。

 彼は目を開けた。吹き飛ばされた船長席から、近くにある別のマイクを握る。

 しばらくして、声を挙げた。

「機関室! 急速上昇200ミル! 総舵手!」

 ケリーさんが、総舵手席に座っている女性武官の方を見た。

「上昇します!」

 女性武官が声を挙げる。

「さやかさん! どこかにつかまってください」

 わたしは、その声に側に合った手すりを強く握る。

 アロンゾが急上昇した。そのための圧力が身体にかかる。

 急上昇しながら、ケリーさんがジッと天空を見ていたが、また言い放つ。

「左前方へ降下40ミル! 砲撃手。途中30ミル地点で上空前方300ミル地点にいる敵駆逐船を砲撃!」 

 今度は、下からと横からの圧力が同時にかかる。

 頭上の方で光る物が通り過ぎた。敵の砲撃が頭上をかする......。

 下降の途中で、アロンゾがキャノン砲を発射した。下降途中からの砲撃の衝撃なのか、震えるような圧力を感じた。

 わたしの眼は、砲撃の射線上にくぎ付けになる。キャノン砲の砲弾は、吸い込まれるように敵駆逐船の出力部へ命中した。すぐに出力部から爆発が起きて敵駆逐船は爆散する。破片と煙が一緒に地上へ落ちていく......。

 前を向いた。何かが向かってくる。敵のスペイゼであるベイスタだった。

「防空士!」

 ケリーさんが叫ぶ。

 ベイスタが、アロンゾの前を通りすぎようとしていたが、ベイスタに備え付けのショットボムがこちらを向いている。

 ケリーさんが、わたしの側にあるレバーが付いているコンソールを見た。ケリーさんの身体がこっちの方向へ動こうとする......。

 わたしは、それをさえぎるように自分の両手でそのコンソールレバーを握る。同時に、オーラを流し込む。でも、どこのオーラをどうしたら良いかわからない。

(......感じるんだ。神経を研ぎすませるんだ)

 わたしのオーラを、アロンゾ全体に薄く張りめぐらす。

 そのとき、アロンゾの左側面部分に熱い感覚があった。まるで一瞬だけ軽く火であぶられたような感覚......。わたしはその箇所に意識してオーラを展開する。

 その瞬間、外で光が走った。オーラで作ったシールド展開が間に合ったようだ。

 次に身体に軽い振動を感じた。アロンゾの左右に装備されているショットボムが、そのベイスタを撃墜したようだ。ベイスタが火を噴きながら墜落していく......。

 ケリーさんの指示で、アロンゾはさらに上昇した。すでにかなり上の方まで来たので戦場全体が見渡せる。 

「やはり、出て来たか......」

 戦場の様子を見て、ケリーさんが呟く。

 ある一カ所に目がいった。一塊ひとかたまりになった船隊が戦場全体を乱している。その塊から発射された一斉砲撃により、2隻の駆逐船が同時に撃墜された。近くにいた巡洋船も被弾したようだ。

「あれは......」

 わたしが口にする......。

 ハンガーから応援に来た人が、ボックスと付随しているマイクをケリーさんに渡した。マイクを握ったケリーさんは、ボックスのコンソールを操作する。

 ケリーさんは、マイクを口に当てる......。

「機士団機船ガロマのロイナー団長。至急応答願います。こちらアロンゾです。船長、副船長が戦闘不能によりケリー・サーバインが臨時に指揮をしています。許されたし」

 ケリーさんが、マイクに向かって話しかける。

 しばらくして、マイクの向こうから返答があった。

「ロイナーだ。ケリー・サーバインの指揮を承諾する。要求を端的に述べよ」

 スピーカーからは、はじめて聞く声が聞こえた。

「今から言う船隊の運用を要求します......お願いしたいのは......」

 のちに『盤上のサーバイン』と呼ばれることになる男。最初の一手はここからはじまる......。

(つづく)

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