ドリーム名鑑 赤い機人と原子力教団 47.原子力教団(4)訪問者


 アキトさんが教えてくれた。

 屋敷の書斎。神棚にあったのは『天核珠』と呼ばれる天帝のオーラ核。オーラ核とは、ムーカイラムラーヴァリーで生きとし生ける物全てが、その命を散らせる際に表れる物質。動物や魔物。虫から植物まで。そして、人間からも一定の確率で出現するらしい。

 オーラ核と言ってもさまざまな用途があり、特に状態の良い物は、機人制御のための重要な核となる。

 あれから兄さんに問い詰められそうになったけれど、緊急の電話が兄さんに入ってくれたおかげで助かった。

 兄さんが急いで病室を出た後、わたしたちは、兄さんが買ってきてくれたサンドイッチを食べた。

 テレビ画面では、緊急特番でバシュタ教団への強制捜査をLIVE中継で行っている。
 
 上空のヘリからの中継画像も映し出されていた。校舎の上から下へ放たれるボウガン。対して警官側も放水車で応戦している。わたしはこの場面を見て『あさま山荘事件』の映像を思い出した。

 対象が極左組織の過激派だろうが、狂信者だろうが、警察権力の突入映像は、マスコミ各社の格好のネタとなり、全ての放送局で中継されている。

 テレビスタジオでも、中継を見ながら今回の強制捜査に関する内容を伝え、コメンテーターが無責任な意見を交わしている。

 警視庁から、マスコミに開示されている強制捜査の理由。

 一つは北畠総務大臣の暗殺容疑。それと、原子力規制法違反の疑い。『原子炉』その物が存在している可能性を述べてはいるコメンテーターもいたが、どちらかというと、違法な核物質の所持容疑で盛り上がっている。

 それはそうだろう。まさか国に隠れて原子炉を、こんな都心に作るなんて、普通では到底考えられないことだ。

 別の放送局にチャンネルに変えた。そこでは『なぜ教団が総務大臣を暗殺したのか?』のお題で論争をしていた。

 曰く、教団を捜査していた警視庁の管轄が総務省だったからだと、渋い感じの男性コメンテーターが語っている。

 大臣の亡くなった妻。その妻の教え子が作った教団。まだ......そこまでの情報を掴んでいるマスコミはいないようだ。

 アキトさんも食い入るようにテレビを見ている。

「気になりますね」

 アキトさんに問いかける。

 わたしに聞かれたアキトさんは、一瞬「えっ?」という表情になった。

「あっ、いや、ええと……どっちかというとテレビ自体が面白い」

「............」

「面白い? でも、バラエティとかじゃなく、報道番組ですよ?」

「う~ん。俺からしたら、この中の全てが興味の尽きないことばかりなんだが……」
 
 まぁ、確かにこの世界の住人じゃないアキトさんからしたら、テレビに対する感覚がわたしたちとは違うかもしれない……。

「それにしても、叔父さんや代田さんは大丈夫でしょうか? その……」

 アキトさんが、目線をテレビ画面からわたしに移す。

「さやかは、トモーラがあそこにいたら危ないと考えているのだろう?」

「はい……そうです……。アキトさんが教えてくれた。この病院屋上での時のように、暴れたらどうなるか……」

 アキトさんは、冷静に考えるような顔をした。

「そこまで心配する必要はないだろう」

 アキトさんから、思いもよらなかった答えが返ってきた。

「そうですか?」

 わたしは聞く。

「そうだな……。確かにあいつの飛ぶオーラ。聖なる光ハギオンがあの場で使われたら危険だ。だが、オーラは無限に出せるわけじゃない。特に神器を使うには……それこそ、普通に使うよりも多くのオーラが必要になるだろう……。俺は前回、奴と戦ったときにそう感じた。最初のうち、ある程度の被害はでるかもしれないが、いくらなんでも多勢に無勢だ。数で押されたら対処できない。それに、常守さんのような警官は、拳銃を持っているだろう?」

 アキトさんは冷静だった。

「えぇ……携帯はしていると思います。全員ではないでしょうけど……」

「だとすれば、トモーラでも抵抗し続けるには無理があるのさ」

「…………」

 ……アキトさんがそう思うのならそうなのだろう。でも……ある程度の被害は発生すると言う……。被害に対する感覚は、あの世界で争いに慣れているアキトさんとは違うのだろう。

「------今、なにやら動きがあったようです!」

 テレビの中のアナウンサーから、緊張した声が聞こえてきた。

「------教団側からスピーカー越しに、何か要求があるようです!」

 そのスピーカー越しの音は、テレビを通じての声なので「ガーガー」鳴ってるだけでよく聞こえない……。

 数分後、スタジオのアナウンサーが、概略した内容を伝えてきた。それは「原子炉の冷却系統を止める」と、教団側が伝えているとのことだった。

 テレビの中は大混乱……。コメンテーターたちも右往左往に激論している。パッと見て、動物どうしが喚いているようにしか見えない。 テレビの中のコメンテーターたちがあまりにも滑稽に見える。こういうのを見ると、見ている人は反対に落ち着くものだ。

「さやか、これってヤバいやつだよな?」

 アキトさんもそうなのか、静かな感じで聞いてきた。

「どれくらいヤバいんだ?」

「ええと……どれくらいやばいと言うか、本当なら、ある意味で......日本の終わりくらい……」

「日本の終わり?」

「簡単に説明すると、原子炉を動かすには危険な核燃料が必要なのです。その核燃料は、発熱していて常に冷やす必要があります。ですので、冷却系統の設備を稼働し続けないといけません」

「奴らは冷却設備を止めると言っているんだろう? 止めると結果的にどうなる?」

 アキトさんは続けて聞いてくる。アキトさんにも分かるように説明しないといけない。

「冷やすことができなくなると、核燃料それ自体の温度が上昇します。一定の温度を超えると核燃料は溶けてしまい、溶けた核燃料は保管している容器の底に溜まります。これをメルトダウンと言い、さらに容器の底が溶けて、容器の外に漏れることをメルトスルーと言います。結果的に、周辺一帯は有害な放射能によって汚染されます。もちろん人体への影響も図り知れません」

(今の説明で、アキトさんは理解できただろうか……)

「周辺への汚染ってどれくらいだ?」

「規模にもよりますけど、関東全域。それ以上の被害が及ぶことも否定できません。そして、その放射能の影響は100年程度残ると考えられます……」

 アキトさんは、わたしの説明した被害規模を頭の中で整理するような表情になった。しばらくして口を開く。

「それは……途方もない大惨事だよな?」

「はい……」

(なんか……わたしたちの空気って、思ったより緊張感ないかな……)

「だけど、いくら何でも、彼らが本気でそんなことするとは思えません。脅しではないでしょうか?」

 わたしは、この世界に生きる人間としての一般論を述べる。

「さやかはそう言うが、あいつらはやばい奴らだろう? なんだっけ……狂信者? いやテロリストだったか……。そういう奴らはどんな行動をとるか……」

  
「ガラッッ!」

「すきに言ってくれるじゃないの」

 扉が開いて、突然若い女性が病室に入ってきた。

「あなたは……」

 わたしは、入ってきた女性を見たことがあった。先日、神社でわたしを拉致しようと襲ってきた連中の一人で、なんかツンツンしていた人。たぶんわたしが蹴りを入れた人だ。

「こんなところにまで、何しにきた!」

 アキトさんが、わたしの前に出る。

「私だって、加治の敵討ちはしたかったけど、今のあんたに会う気なんてなかったわよ。」

 女性は、アキトさんの問いかけに対して不服そうに答えた。

「だったらなぜ来た? お前らが作った原子炉がとんでもない被害を起こそうとしているのに!」

 アキトさんの口調は厳しい。警戒のためか、身体からオーラが張り廻られているのが感じ取れる。

(……あれ? なんでわたし、自分の世界でもオーラを感じ取れるのだろう?)

 向こうでオーラに慣れ過ぎたせいだろうか……。

「あれはブラフだ」

「「!!!」」

 彼女の後ろから男が現れる。

 その男は、病室に入ると静かに扉を閉めた。

 はじめて見る相手なのに、なぜだかその人が誰だかわかった。

「トモーラ……」

 アキトさんがその名を口にする。

 わたしは、トモーラと呼ばれた人を見た。

 彼は、変装のつもりなのかサングラスをしている。年齢は30過ぎと聞いていたが、20代前半くらいに見えた。

 身長はアキトさんほど高くはないが、わたしよりは高いので低いわけではない。耳が隠れるくらいの短髪で、髪の色は青みがかった黒。ハーフっぽくもあるが中性的な感じもする。病室に入ってから一瞬サングラスを外したが、すぐに掛けなおした。

 十分イケメンの部類だったが、アキトさんとは異なるイケメンにわたしは感じた。少なくとも笑っていたら、女性から嫌悪感を持たれることはないだろう。

 サングラス越しからでも、彼の目線がわたしに向いているのがわかった。

 アキトさんにもそれがわかったのか、彼の目線からわたしを遮るように彼の前にでる。

「ブラフだと……。いったいなにしに来た? あそこにいないのは何故だ? なぜここに来た?」

(アキトさんの質問3連発……。最初と最後は同じ質問……)

「うるさいわね。もう、あそこでトモーラのやるべきことは終わったのよ」

 ツンツンした彼女が、代わりに答える。

 眼の前の女性。相変わらずなんかツンツンしてるけど、背はわたしより高いしスタイルも良い。長髪で顔立ちもスマートな美人さんだった。

(もうちょっと言葉遣いが柔らかかったら、上品に見えるのにもったいない……)

「はぁ~」

 わたしは、周りに対して、協調して息を吐いてから、アキトさんの前にでる。

「さやか!」

 アキトさんがわたしの前に出ようとする。

「大丈夫、アキトさん。わたしは怖くない……」

 わたしは彼、トモーラの正面に立つ。サングラス越しだろうが、彼の眼を見ながら口に出す。

「あなたが、父と母を手にかけたのですか? だとしたら理由を教えてください。」

 わたしが......一番知りたいことだった……。

(つづく)

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