お笑いの「世界観」 「お笑い講座 入門編」補遺10

「お笑い講座 入門編」(以下、本作)補遺10を上げさせていただきます。当記事にも本作の内容に触れざるを得ない箇所がありますので、ネタバレを好まない方は事前に本作をご一読ください。
 
「先日、舞台袖にいた先輩から『世界観がある』と言われました。喜んでいいのでしょうか」
というメッセージをいただきました。
そもそも世界観とは世界をどう感じるかというモノゴトの見方を表す用語なのですが、創作業界において意図的に敷衍された結果、その作品特有のフィクショナルな設定を指すことが多くなっているようです。
ここまでであれば「世界観がある」と言われたとすると「世界の見方が確立している」とか「ネタの設定に統一感がある」というようなホメ言葉のようにも受け取れるかもしれませんね。
一方で「ホメ殺し」という言葉もあります。
元々は伝統芸能関係で頭角を現してきた若手を必要以上にホメて有頂天にさせ、結果として潰してしまうことを指していたのですが、次第に目障りな若手を潰すためにあえてホメちぎることを言うようになり、最近では伝統芸能以外においても表面的にはホメながら内心ではけなしている言動を表現するときに使われます。
お笑い業界ではどうかと言いますと、あからさまなホメ殺しはばれやすいですし、後輩とはいえ同業者をホメるのは沽券にかかわると感じる人もいることから、ばれにくく後輩にも抵抗なく使えるホメ殺し用語が編み出されてきました。
「世界観」もその一つと考えられます。
もちろん正確な意図は本人に聞かなければわかりませんが、袖における特有の言葉遣いから類推すると一般的な意味とは異なる可能性の方が高そうです。
つまり芸人同士の批評における「世界観」とは、一見ホメ言葉と思わせながら自己満足系のお笑い芸人の「思い込み」の激しさを揶揄した表現であり、その中でも特に自分にとって理解しにくいものを指しているのです。なお理解しやすい思い込みは「勘違い」と呼んでいますし、自分の思い込みは「価値観」と称して区別しています。ちなみに同様のカモフラージュ系ホメ殺し用語としては、「シュール」や「トガっている」などがあるようです。
従って「世界観がある」と言われたとしても手放しで喜べるわけではありませんが、悪口を言われたと怒る必要もありません。なぜなら、お笑い芸人は多かれ少なかれ思い込みがちですし、あなたのネタはその先輩の理解のレベルを超えているというだけの話ですので、お客様にはいずれウケるかもしれないからです。ただし、いつまでたってもウケないようであればネタを練り直した方がいいかもしれません。
 
さて、「袖ウケ・玄人ウケ・素人ウケのうち、二つ取れれば売れる」などと言っている芸人さんがいらっしゃるようですが、例によって既に売れている芸人さんの言っていることを真に受けてはいけません。
といいますのも、特に袖ウケを拠り所にするのは売れるために効果的でないばかりか、逆効果となる危険性もはらんでいるからです。そもそも舞台袖に同業者が集まってくるのは、自分たちには舞台に掛ける勇気が出ないような冒険的なネタをやっているライバルに対するお客様の反応を見るためであり、いわば他人の実験にただ乗りしようとしているだけなのです。
あまり客ウケしないまま舞台袖にはけてきて、集まった芸人たちから「センスがいい」とか「天才」と持ち上げられ「自分たちは袖ウケするタイプだから」と気分よく自己肯定感に浸っていると、いつのまにか周りに置いていかれることにもなりかねません。なぜなら同業者たちは、リスクを負うことなしにお客様の反応のいいとこ取りができる上に、言葉の毒リンゴによってライバルを覚醒しないままにすることも可能だからです。従って時にはリスクを取って冒険することも必要ですが、袖の同業者によるホメ殺しには絶対に乗らないようにしてください。
次に優先順位が低いのは玄人ウケです。皆さんの中には「売れるための一番の近道は玄人(業界関係者)にウケることだと聞いたので、客ウケなど狙っていない」とお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、業界関係者は「お笑い」という商材の流通においては中間業者に過ぎないのです。中間業者は最終消費者であるお客様の動向に沿って行動しますので、素人(客)ウケを軽視するといずれ玄人からも呼ばれなくなってしまいます。特に民放は広告費が生命線となりますから、最終消費者の動向(好感度など)には皆さんの想像以上に敏感です。
なお「客に媚びすぎて失敗した」などと言っている売れっ子の芸人さんもいらっしゃるようですが、自分たちの縄張りを若いライバルに荒らされないようにするための牽制球に過ぎませんので、眉に唾をつけて聞いておきましょう。
以上のように、お笑い芸人の卵さんが目指すべきなのは客ウケだけです。
同業者の思惑など気にせずに、どんどんお客様に寄せていってください。

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