「お笑い」のコンプライアンス 「お笑い講座 入門編」補遺2

「お笑い講座 入門編」(以下、本作)を公開してから既に1ヶ月近くが経ち、その間に寄せられたご指摘に応える形で「自作解題にかえて」や「補遺」を上げることもできました。
その後さらに様々な感想をいただき、中には「お笑い芸人の卵応援団」の一人としては無視できない内容も含まれていたため、その内の一つに対する考え方を「補遺2」としてアップいたします。
なお当記事につきましても本作に目を通された方を想定読者にしている関係上、若干のネタバレを含むことになるかもしれません。ネタバレを好まない方は事前に本作をご一読ください。

「お笑いのコンプライアンスが、よくわかりません」というメッセージをいただきました。
物の本によると「コンプライアンス(以下、コンプラ)とは法令遵守のこと」と書いてあります。
失礼ながら、コンプラという用語が人口に膾炙するずっと前から先輩お笑い芸人たちも法令を遵守してきました。(たまに法令違反をする人もいましたが、それは令和でも一緒ですよね)つまりコンプラが法令遵守だけなら、今さら声高に言われる筋合いはないのです。だとすると、「お笑い」のコンプラとは一体何なのでしょうか。
身近な例で考えてみましょう。わたしたちは、車が来ていなくても赤信号で横断歩道を渡ったりしませんよね。もちろん、赤信号で渡るのは法令違反です。でも、そうしないのは法令遵守のためだけじゃないような気もします。
この問題を考えるに当たっては、ある弁護士から聞いた次の言葉が参考になるかもしれません。
「広い意味でのコンプラとは、平たく言うと『お子さんに胸を張って言えるような振る舞いをする』ということです」
すなわち、子供に見せて恥ずかしくない行動をとること、子供に真似してほしくない行動をとらないことが広義のコンプラだというのです。
この考え方に基づきますと、コンプラとは他人にとやかく言われて右往左往するものではなく、あなたが自分自身に問いかけて結論を出す問題だということになります。
そして、このことも昨日今日に始まったのではなく昔から芸人さんたちは広義のコンプラを徹底してきました。例えば或る大物コメディアンは「下ネタや駄ジャレを扱わない」という個人的なルールを厳格に守りながら、爆笑を取り続けていらっしゃいます。
従って、あなたが「自分は子供に胸を張って言えるような振る舞いをしている」という信念をお持ちなら、周囲から何を言われようと今の芸風を貫き通してください。それがコンプラなのですから。
ただし、「お父さん(お母さん)は、こんな仕事をしてきたんだよ」とお子さんに胸を張って言えるかどうかは微妙だけれど、売れるためのプラスになるかもしれないと日和っているだけなら、今のうちに自分自身に問い直してみた方がいいかもしれません。
 
ここまで考えてきて、冒頭のメッセージはコンプラではなくポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ、以下ポリコレ)についてなのかもしれないということに思い至りました。ポリコレとは文字通り政治的な正当性を獲得しようとする試みのことであり、論争が続く中で既に定着しつつある観点もあれば、いまだにせめぎ合っている論点もあるようです。
一方、みなさんのような個人事業主にはピンと来にくいかもしれませんが、事務所や制作会社・TV局などの社員にとって組織における振る舞いで最も重要なのは、目立つことでも個性を発揮することでもありません。あくまでも一般論として申し上げますけれど、会社員として一番大切なのは自分の立場を守ること、つまり保身です。将来のある組織人としては、大きな失敗をして立場を失うなどということは絶対にあってはならないのです。
そんな御身大事な社員が、まだ完全には社会に浸透しきれていない規範に抵触しそうなネタを前にしてどういう判断をするかといいますと、結論はただ一つ「関わらないでおこう」ということになります。そして、あなたが信念を持って練り上げ何度も相方と合わせてきた珠玉のネタに対して次のように言うのです。
「やめておきましょうか。最近、コンプラが厳しくて」
こう言われたら、やっぱりコンプラはわからないと思う前にその社員にたずねてみてください。
「ポリコレ的に何か問題はありますか?」
もし何かしら答えを引き出すことができたら、次のネタ作りのヒントになるかもしれませんよ。

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