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霧のおくりもの

 街が、「霧」に呑まれている。
 かつての神奈川県は大企業群による政治的侵略によって独立を果たし、ヨコハマという自由都市となった。医療や福祉のために発明された義手、義足の技術が異常発達し、健常者までもが戦闘や美容のためにサイバネティクスを入れるようになった近未来。
 ヨコハマは白い「霧」に呑まれ始めた。この超自然の「霧」はいかなる時刻や天候においても現れ、人々の視界や精神を遮っていく。企業による度重なる調査によっても、その全貌は解明されていない。
 その「霧」の中を、一人の若者が、血まみれのバットを引きずって歩いていた。若者の名はJG。国籍、人種、目的一切不明の傭兵にして殺人鬼。それは「霧」を身にまとい、闇より現れ、標的をバットで撲殺して回るのだという。仕事を受けて人を殺すこともあるものの、多額の報酬を蹴ったかと思えば安い仕事に全力を尽くす時もあり、さらには依頼も受けずに殺しをすることもある。無軌道で理解不能な狂人として、それは裏の世界でも恐れられていた。
 カラカラと音を鳴らしながらバットを引きずり血の線を描くJGに、一人の女が迫る。彼女の名はハナ・ミシマ。JGに親友のレイコ・オオミヤを殺された。今JGが引きずる血はレイコのものだった。
 JGはハナとレイコがアニメを観ているところに、執事のふりをして忍び込んできた。ハナが異常――血に汚れた執事服と手にしたバット、その身にまとう「霧」――に気づいたときには、レイコは頭上から半月を描くように振り下ろされたバットに頭を割られて絶命していた。ハナは咄嗟に義手から散弾を撃ったが、その銃弾がJGに当たることはなく、壁に無様な穴をいくつか開けただけだった。
 JGは「霧」を身にまとい、その力で暗殺をしたのだ。「霧」は適合した者に異常なまでの知識と身体能力を与える。その圧倒的な力を目の当たりにした今でも、ハナの復讐心がひるむことはなかった。

【続く】


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