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探偵映画の傑作「チャイナタウン」について

世界中に探偵物の映画は数あるが、大半の場合は推理ミステリー物であったりする。

これらを批判する気はさらさらないが、現代の探偵の業務はそのほとんどが浮気・素行調査・人探しがメインであることから、探偵が容疑者を集めて「犯人はあなたです」と推理するというような俗にいう推理系のミステリーは、現実的に考えてありえないといったほうがいいだろう。

犯罪捜査というのは細かい証言などの調査を重ねていくものであり、あのようにポンポンと推理がひらめくという状況はまったくない。

そもそも私立探偵は犯罪捜査に関与はできないのだ。

こういった文化が現代でも伝えられ探偵=推理ミステリーと決めつけられているのは悲しい限りである。

というか元々探偵物の小説といえば、フィリップ・マーロウに代表するようなハードボイルドもあったはずだが現在ではほとんど絶滅危惧種になっている。

映画ですらもうほとんど作られなくなって久しいほどだ。

しかし、本作はそれらと全く別物のいわゆるハードボイルドの小説でありそのオチがかなり後味が悪い傑作になっている。

1974年に制作された本作で主人公の探偵を演じるのはなんとあのジャック・ニコルソンであり、晩年は悪役スターであった彼が若いころはダンディでハンサムな二枚目であったことがこの作品からわかってくる。

そんな若きころのジャックニコルソンが演じるのは私立探偵の男、そんな彼の元にとある女から夫の浮気を調査してほしいという依頼が舞い込んでくる。

しかし、何と彼女は別人でしかも調査対象であった男は自殺を遂げてしまう・・・。

このことからこの男の運命の歯車は大きく狂い始めていき、やがてロサンゼルスを牛耳るマフィアたちの陰謀に巻き込まれて行く…というのが本作の内容である。

本作に出てくるジャック・ニコルソン扮する探偵の男は本当にしょうもなく、ハードボイルドといったはいいがてんで活躍したりカッコイイところをみせることなく終始痛い目をみて終わってしまう。

例えば知りすぎてしまった探偵はマフィアが雇ったチンピラに捕まり脅されながらナイフで鼻を切られてしまうが、終始ビビったまま何もできず震えあがっている始末である。

その動画がこれである。

後年の大物悪役ばかり演じていたジャック・ニコルソンとは大違いのヘタレっぷり、誰にだって若いころはあったのだ。

しかし、こういった要素はただいま世の中で蔓延しているいわゆる「スーパー探偵」とは違い等身大で小市民的な要素があり視聴者側に極めて近い存在でみていて感情移入が強くできるキャラクターになっている。

主人公は強くて活躍しなくてはいけないという風潮は現在極めて強くあるが、そんなことはないのだ。

弱くてみじめでも全然カッコよくない、それでも主人公として機能できる。

本作に出てくるジャック・ニコルソン扮する探偵はその代表的ないい例だろう。

最終的にジャック・ニコルソン扮する探偵であったが、何もできずただ有様を傍観しながら最終的には大事な物を失ってしまうことになる。

黒幕は警察を後目にすごすごと立ち去っていく、探偵は何もできずただただ呆然としている…。

そんな彼に警官が慰めの言葉をかける。

「ここはチャイナタウンだ」


チャイナタウンでは物事は深追いしない・・。

背中を丸めながら彼はつぶやく。

「チャイナタウンは怠け者の街」


これが何を意味するのか、実際にみてほしい。


本作は極めて大人っぽくシリアスでダークな内容であるが、基本的には淡々としたトーンで作られているので不思議と不快感は一切ない。

コロナウィルスなどで騒がしいただいまであるが、今一度家にこもって映画三昧する際に本作をみてみる・・・というのもアリではないだろうか。

アマゾンプライムで本作が配信さているので、消される前にみてね。


ちなみに90年代になり本作は続編が作られたが、これはイマイチ微妙な代物であったことをここに記しておきたい。

何でもかんでもハッピーエンドで終わればいいというわけではない。

やはり本作はほろ苦い終わり方をするからこそ、楽しいのだ。




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