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ウクライナにおける夏季攻勢+露軍反攻の個人的かつおおざっぱな考察(軍事素人向け)

【ご注意】これはあくまで大学時代に戦史を研究してただけの素人の考察ですのであしからず

*状況は2023年11月24日現在の状況に基づく

反攻前の状況整理

2023年6月ごろから始まったウ軍のザポリージャ州における攻勢はその動員規模や政治的喧伝から作戦目標はアゾフ海沿岸であったと推察できます
これは攻勢前にぼくが推測した攻勢軸です
春ごろにはオレポポ近辺とベルカノボシルカ周辺に機甲旅団や機械化歩兵旅団、砲兵旅団など諸兵科連合と言える諸兵科部隊が集結している兆候が見られました
春の泥濘が落ち着いた夏季に多数の機械化部隊を伴う攻撃が比較的容易な南部が攻勢の主軸になることは自明の理でして、なおかつその作戦目標がアゾフ海に達してクリミア半島を物理的に遮断するであろうことは戦術的には正攻法と言えるくらいはっきりしていたと思います
対する露軍はスロビキン線と言われる、画像ではオレンジの線に沿って強固な防衛ラインを構築していました
一部業者の手抜なのか知識不足なのか残念なものもありましたが典型的な縦深防御陣地を構築していたと思われます

同時期の東部戦線の概況

今年2~3月ごろの東部バフムトはこのような状況でしたがウ軍の拠点防衛からジリジリ下がる遅滞防御へ戦術変換したことでバルコン部がなくなりウ軍に逆に予備兵力ができました(第3旅団など) 上記から主攻勢は南部、副攻勢は東部と推測したのが夏季攻勢における状況でした

2月ごろのバフムト戦線
露軍はワグナーで正面をゴリ押しして両翼包囲を狙い、ウ軍は両翼に戦車旅団や機械化歩兵旅団を配備しているのがわかる


結果的にプリゴジンの乱が起きた5月ごろは東部戦線が整理されてしまった

事実6月攻勢に呼応するように第3旅団等は主にバフムト方面において積極的な攻勢に出て局地的な陣地奪還が相次ぎました

攻勢の開始とウクライナ軍の苦戦

上記の前提を踏まえて2023年6月初旬からウクライナ軍の夏季攻勢が始まりました
筆者も含めてウ軍の攻勢は西側兵器を先頭にして一線突破は時間の問題、後は水が浸みるが如く敵後方に部隊が次々と浸透してスロビキン線なにするものぞというのが考えうる限り最良のシナリオだったと思います
現実は違いました
西側兵器はチート兵器ではなかったのです
ザポリージャ州の攻勢の先頭に立った第47機械化旅団は多くのレオパルド2戦車やM2ブラッドレー歩兵戦闘車を破壊されました
その損害は2割とも3割とも言われ厳密には「壊滅」か「全滅」レベルです


この道のりを長いかどうか判断するのは後世の研究者にゆだねられるかもしれない

それでも47旅団は約2か月の時を経てスロビキン線の第1線を突破
ロボティネを解放します

結論から言うと、予想通り主攻勢はザポリージャ州オレポポの西部軸とベルカノボシルカの軸で始まりましたが電撃的な突破はできず… 露軍の強力な防御線と地雷原に阻まれたのです
西側装備もチートではないので当然損害が出ます
同時にウ軍は攻勢軸とは別に圧力をかけ始めます、これはいくつか目的があったと思います


Vasylivkaに向けた突破を試みたように見えるウ軍の動き

主攻勢軸とはちょっと離れた場所での突破作戦を企図したかのような動きが出始めます

恐らくですがウクライナ軍はまだスロビキン線の電撃的突破、ないしは脆弱な地点を見つけての浸透戦術を狙っていたと思います
もしくは主攻勢軸への増援を分散させるための副攻勢と見ることもできます
言い方悪いけどまだ「ワンチャン狙ってた」と見ることもできそうです
しかしこの動きも長くは続かず、9月くらいから戦果報告に変化が見られ始めました


明らかに砲兵ユニットの損害が増えている

これは2023年10月17日に発表されたキエフインディペンデントによるロシア軍の損害報告です
ウクライナ側の発表なので100%真に受けることはできませんが秋以降、後方にいるはずのユニットに損害が明らかに増えてきました
個人的にこのあたりでウクライナ軍は攻勢における戦術転換を行った可能性が高いと思います

「普通は」の誤算

ウクライナ軍が攻勢序盤で西側兵器でも大損害を受けてなおかつ考えていた以上に前進できない状況に陥った原因
もちろん、ロシア軍が大量にばらまいた地雷や縦深的な防御陣地、効果的な突撃阻止砲火等あるでしょう
エビデンスが薄いので個人的見解ですが、一番の要因は「普通しないこと」をロシアがしすぎたという事と思います
悲惨ではありますが上記はあり得ると思います


柔軟な防御戦闘の模式図

上記地図のように防御側が攻撃側を多重防衛ラインで待ち構えている場合、当然どこかで攻撃の圧力に耐えられなくなります
その場合有利な地点=つまり第2防衛線とかに下がって敵に損害を強いて、しかるべきタイミングで効果的な反撃を加えるのがセオリーです
これが「マニューバ防御」と言われる考えです


南側=アゾフ海側を上にした地図、1943年のクルスク戦と状況が似ていることがわかる

上記は南北をさかさまにしたザポリージャ州の戦線です
青丸が重要拠点のトクマクになります
これに歴史上非常に類似した地図があります


1943年クルスク戦の地図
上記画像と南方軍集団の動きとヴォロネジ方面軍の配置が類似していることがわかる

攻勢前は専門家も露軍は重厚な防御陣地を活用して「マニューバ防御」で迎え撃つと推測してました
寄せ手にある程度打撃を与え後方の有利な陣地に下がってさらに同じように防御して寄せ手が疲れたところを別動隊が叩く、縦深防御陣地があるなら「常識的に」やるのですが多分これをロシア軍はしてないっぽい…
そしてなんでしなかったのか?
陣地に固執した拠点防御に徹したのかというヒントが上記2枚の図になると思います

1943年のクルスク戦は結果的にソ連軍の勝利に終わりました
が、援軍のステップ方面軍と防御側のヴォロネジ方面軍はPAKフロント等の陣地を固持してドイツ軍を上回る大損害を受けました
ソ連軍の勝利は北方の中央方面軍によるクトゥーゾフ攻勢、ルミシャンツェフ作戦等、ひいては連合軍のシチリア上陸などの外的要因が大きい要素でした
私見ですがロシア軍はこの縦深防御陣地における拠点防衛に徹した伝統的な勝利を成功体験からのドクトリンとして、今の軍事常識ならやるであろう「マニューバ防御」をしなかったのかもしれません
他にも、動員兵などの練度が低く機動的な防御ができる状態でない+部隊間の統制が弱く戦線の崩壊を招きかねない等の要因もあったと報じられてはいました
ウ軍がちょこちょこ別軸で動いたのも、露軍があまりに現有陣地に固執しすぎた=「普通ここまで損害食らったら退くよね」って軍事常識から外れた行動をしたのが一因かもしれません
これはサルジニーのインタビュー記事にも似たような文言が出てきます
つまり露軍は「やっぱ普通じゃない」(悪い意味で)

ウ軍の夏季攻勢についてのポイント

・最初は電撃的な突破を狙っていた+西側戦車や歩兵戦闘車を過信していた
・意外に露軍の防衛陣地が機能した
・それなりに損害を受けた露軍が退かなかった=ウ軍の想定外
・別軸で突破や守備兵力を誘引しようとしたがうまくいかなかった
・突破のために対砲兵戦と局地的な陣地奪取戦に移行=砲兵BAN祭り

ロシア軍の攻勢について

攻勢の主軸

10月ごろから始まったとされるロシア軍の攻勢ですが、主に東部ドネツク州のアウディーウカ、マリンカ、ドネツク州とルハンシク州境のクレミンナ等になります
中でもアウディーウカの攻勢軸に最もロシア軍は力を注いでいることは明白です


アウディーウカのロシア軍の残骸

攻撃側についても防御側同様、ロシア軍には成功体験からのドクトリンがあるように思えます
それは2022年5月のセベロドネツクと2023年1月~のバフムトに見られます


2022年末ごろのバフムト
PMCを使ったりしてとにかくゴリ押ししていくのが今次戦争でのロシア軍の特徴と言える

バフムトを「成功体験」と定義づけることができるかは個人的に非常に微妙ですが、政治的にバフムトを支配下に置くという事は成功しています
今回もアウディーウカには囚人部隊と言われる「ストームZ」が大量に投入されているようで、装甲車が歩兵を降ろしてほったらかしにして去って行く動画が多数見られました
セベロドネツクでは動員兵、バフムトではワグナー、アウディーウカではストームZと言うように「露払い」のために犠牲になること前提の使い捨て部隊を使って、火力優位の状況からゴリゴリに押していくのがロシア軍の基本戦術と見ることができます

バフムト以前との違い

セベロドネツクやバフムトでウクライナ軍を悩ませたのは最大10:1とも言われた「砲兵火力の差」でした
しかし夏季攻勢半ばからウクライナ軍は徹底した対砲兵戦を実施しており火力差が逆転しつつあります


砲兵BAN祭りの結果
出典:JBpress 西村金一先生作成資料

砲兵戦力が劣勢になり代わりになるものはミサイルや航空爆弾です
ウォッチャーの方はお気づきでしょうけど、ロシア軍の都市やインフラ以外への空爆が増加傾向にあります
これはロシア軍が今までほとんどCAS(近接航空支援)を行わなかったあるいは行えなかった状況からの大きな変化と思います
ウクライナ軍も複数ロシア軍機を撃墜してますが、ほぼ地上攻撃型のSu-25
でありウクライナの防空システムの外から攻撃してくるSu-30以降の戦闘機には対抗手段がないのが実情です
*西側から供与されたスティンガー等は携行型なので射程は数キロ、ドローン迎撃で活躍してるドイツのゲパルトも本来は機甲部隊を戦闘ヘリ等から守るためのもので対戦闘機戦闘にはあまり向かない


ロシア空軍の空爆回数
出典:JBpress 西村金一先生作成資料

開戦以来あまり存在感のなかったロシア空軍機が、都市インフラや民間施設等への弱い者いじめからやっと本来の仕事をやり出したといえるかもしれません
それでも頻度としては1000回前後となっており、従来の数分おきの砲撃に比べたら頻度は少なくなっていますがその分命中精度が高くなっておりウクライナ軍の新たな脅威になっていることに変わりはありません
これを解決するにはF-16戦闘機が搭載する「AIM-120 AMRAAM」が必須になってきます
ウクライナがしきりにF-16を求めるのはこういった事情もあるためです

ロシア軍攻勢の今後の展望

あくまで個人的かつ、過去の事例を踏襲しての見込みですがアウディーウカの保持は現状ではかなり厳しいと言えるかもしれません
ロシア軍は主に政治的な目的のために損害度外視で攻撃を続行しており、「普通なら」守り切れるはずの陣地が徐々に圧迫されているのが現状です
同じ事象はバフムトでも見られました
また周辺を含めた戦線も当時のバフムトと似ていると言えます


ドネツク市南西のマリンカでも露軍の攻勢とのこと
このままアウディーウカの突出部を保持し続けるとリスクになる可能性

バフムトをなぞっていくならば、アウディーウカの後方にウクライナ軍の2次防衛戦の構築が急がれます
そのため状況に応じてはバフムトの時のように拠点防衛から敵に出血を強いながら徐々に下がっていく遅滞防御に移行するタイミングが出てくると思います

ロシア軍攻勢のポイント

・地上軍の基本戦術はやっぱりゴリ押し
・砲兵火力から航空戦力に火力依存がシフトしている
・歩兵戦力だけでなく一定程度機甲戦力もぶち込んでいる
・やっぱり犠牲前提の「肉の壁」は健在
・主攻勢軸は作戦レベルじゃなくて政治目的

今後

未来の事なので予測は困難ですが、ウクライナはこの冬の攻勢に耐える他ないと思います
その間、ロシアにどれだけの損害を与えることができるか…もっと言えばキルレシオにどれだけ差をつけることができるかがキーになります
サルジニーがインタビューで述べていた「今は十分な兵力がある」とは恐らく消耗戦で同じレベルで損耗したら勝てないという事を示唆していると思います
今後ウ軍の攻勢は一段落して陣地保持の防御戦闘とロシア軍の損害を増やすための作戦行動にシフトしていくと思われます


ウクライナ軍の大きなレベルでの作戦目標
恐らくクリミアの物理的孤立化

予測が当たるとは思いませんでしたがヘルソン方面からのドニエプル川渡河作戦も実行され橋頭保の確保に成功しました
主軸の攻勢はうまくいかなかったものの一定の成果と戦訓を得られたと考えたら、来春以降のウクライナ軍の狙いは個人的にはかなりの確率で「クリミア半島の物理的な孤立化」と思っています
とてつもなく長く苦しい道のりですが…

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