ダイニングキッチン【怪談朗読】【そだ怖】【創作・自作】

★Youtubeで歌のチャンネル『SODA-CHANNEL』を開設して運営していますが、怪談好きでもあるオレは、サブチャンネルで怪談朗読も投稿しています。不定期アップなので、まだ2作しか上げていませんが・・・。今回ここに投稿する動画は自作のモノです。拙い話ですが、よかったら聴いて、読んでみて下さい。


★これより本編


これは、私が実際に体験した話である。

私は、この春からある保育園の保育士として働く事になった。男性保育士の枠は、昔に比べてかなり増えてきたが、やはりそれほど多くはなく、ようやく採用をもらった保育園だった。

私は、実家がある街を離れ、勤め先の保育園があるこの街のアパートで1人暮らしをする事になった。そのアパートは、2階建てで、それぞれの階に4部屋ずつの小さなアパートである。玄関を開けたらすぐにダイニングキッチンがあり、向かって左側に風呂場とトイレ、そしてダイニングのすぐ向こうに、およそ10畳ほどの部屋がある。

築年数が経っていて、家賃も手頃だった事と、それほどの必要性を感じなかったが、何故か妙にダイニングに惹かれてここに決めた。

このダイニングには、床下収納が備えられていて、食材や日用品などを収納出来るから便利だ、と不動産屋の内見の時にそう説明された。が、1人暮らしで自炊もしない私には、この便利な収納スペースも宝の持ち腐れである。

新しい生活が始まり、3週間。保育士としてまだまだ新米の私は、担任のクラスを持たせてもらっておらず、先輩の先生が担当するクラスの補助役を担う。保育園では、親御さんが共働きのお宅が殆どなので、夕方遅くまで預かる子供が多い。ようやく全ての子供達が帰った後も、次の日に使う資料や教材の準備。季節の行事・イベントに使う飾り作りなど、実は保育士の仕事は多岐にわたる。決まった時間に帰れる事はそれほどなく、大変な仕事である。

そんな忙しい毎日を過ごしながら、更に2週間くらい経った、ある夜の事だ。

私はその日、いつものように子供たちが帰ってしまった後、夕方遅くまで、残った仕事をしていた。ようやくそれを終えて、帰り道のコンビニで弁当を買って帰り、食事を済ませ久しぶりにバスタブにお湯を溜めて、ゆっくりと入浴時間を愉しむ事にした。



(だいぶ、疲れが溜まっていたんだなぁ、やっぱり風呂に浸かると疲れがとれるわ)

少し熱めのお湯で、ゆっくり癒しの時間を満喫し、深く目を閉じて体を温めていた。するとふと、何か胸の辺りに息苦しさを感じた。

(ん? なんだ?)

目を開き、胸に手を当てて、私は独り言ちた。先程の息苦しさは和らいだものの、次は何か無性に悲しい気持ちが沸き起こって来る。

(え? なんだろ、この感じ・・・)

かなしい?せつない?うらめしい? どう表現したらいいのか、上手く言葉が思いつかない。気を抜くと、涙まで溢れてきそうな、それくらい強い感情・・・。

私は、疲れのせいだと決めつけて、急いで風呂から上がった。そして早々に寝支度を済ませ床に就いた。疲れを取るための入浴だったはずが、逆にドッと疲れが押し寄せた。そのせいか、その日はぐっすりと眠れた気がする。私は朝まで一度も目が覚めなかった。


次の日は日曜で、保育園は休園日だった。朝になり1度、目が覚めたのだが昨夜の事もあり、なかなか起き上がれず、ほぼ半日寝て過ごした。そして日が暮れて、夕食を調達するために買い物に出ようと、玄関の方に向かい、ダイニングに入った時である。何かドアをノックするような物音がした。

足を止めて、その場に立ちつくし、音の出処を探る。何となく足元の方から聞こえて来た気がしたので、目線を下の方へ落とし、次に音が聞こえる瞬間に備えた。昨夜の出来事が影響しているのか、出かける事も忘れ、音の原因を何としても見つけ出したかった。しばらくシーンと静まりかえった時間が過ぎる。随分長い間、立ちすくんで居た気がするが、恐らく実際には1〜2分程の時間だったと思う。

すると、再びドンドンと物音が聞こえてきた。今度は聞き逃さず、その音がした場所をつきとめた。その場所は間違いなく床下収納の扉の下からであった。私はしゃがみ込み、一呼吸おいて半ば目をつぶりながら一気に扉を引き上げた。

瞬間、昨夜の入浴時に感じた、あの息苦しさが、収納の中からまるでモヤのように湧き上がって、私の顔に向かって立ち込めた。一瞬息が詰まり、私は咳込みながら、もぬけの殻の収納の内部を睨んだ。70〜80cm四方で、深さもそれくらいはあるだろうか。その四角いスペースの中には、何者の存在もなかった。私はホッとしたのと同時に昨夜の事を思い返し、不思議な事が立て続けに起こったので、得体の知れない不安にかられていた。空腹もどこかへ行ってしまい、その日は何もする気にならず、また床に潜り込み、直ぐに就寝した。

そんな事があってから、2週間くらいは、またいつも通りの何事もない日々を過ごしていたが、あの出来事ですら忘れ始めたある晩の事。次の日の準備を家に持ち帰って済ませた後、いつもよりも少し遅い深夜1時半頃に床に就き、目を閉じながら、眠気が来るのを待っていた。するとまたあの何とも言えない感情が押し寄せてきたのだ。

グッと胸を締め付けられるような、重苦しい感じ。無性に不安で寂しく、どうしようもなく悲しい・・・。言葉に言い表せないあの感情だ。

私は、布団を被り直し、閉じた瞼に力を入れて、湧き上がる例の感情を抑えつけようとした。暫くするとこの間の時のように、また何事もなく眠れるはずだ、そう自分に言い聞かせた。

しかし、今度はどう足掻いても一向におさまる気配がしない。それどころか、苦しさは段々と強さを増して来る。私はいつの間にか嗚咽する程泣きじゃくっていた・・・。それはまるで幼い子供のようだった。

どれくらいの時間、そうしていたのか・・・。どうやら私は泣きながら眠ってしまったようだ。それからというもの、私は夜になると、その言い知れない感情に駆られ、泣きながら眠りに就いたり、ダイニングの床下収納から聞こえてくる物音に悩まされたりする日々を過ごす事になった。

そんな事が度々起こるようになり、数週間が過ぎた。最初の頃は、あの感情が湧き上がっても、いつの間にか眠ってしまう事が多かったが、その内に寝付けなくなってきて、私はとうとう睡眠不足気味になっていった。そんなある夜の事。この日はいつもと様子が変わった。

私が布団を敷いて眠る時は、癖で顔をダイニングの方に向けて寝るのだが、涙を拭った時にふと気づくと。あの床下収納の辺りが、薄ぼんやりと明るい光を帯びていたのだ。

青白く浮かび上がる、そのぼんやりとした光は、モヤモヤと立ち上がる煙のように見えた。

私が訝しんで見つめていると、不意に何者かの声が聴こえて来た。微かに聴こえて来るその声。しかし何と発せられているのか、よく聴きとれない。煙のような青白い光を見つめながら、同時に耳を澄ます。すると・・・

「ご・・・めん・・・なさい」

性別は判然としないが、間違いなく幼い子供の声で「ごめんなさい」と耳の中に微かに響く。そしてその声が何と言っているのか解ったその瞬間、あの感情が暴走した。

暗くて、孤独で、言い知れぬ不安に胸が押し潰されそうになる。そして身震いする程の恐怖が、今やはち切れんばかりだ。全く自分自身でそれらをコントロール出来ず、まるで身体を何者かに操られているような感覚だ。そして、とうとう私は喉が焼けるほどの大声で叫んでいた。が、何と叫んでいるのか、自分でも判らない。

何度か、その叫びを怪しい光に向かって投げつけていた間、それはゆっくりと私に向って近づいて来た。ふと気が付くと、それまで叫んでいた声が出ない。体も身動きが取れなくなっている・・・。どうやら私は金縛りになってしまったようだ。

金縛りは、これまでも幾度となく経験している。が、殆どが恐怖体験とは縁遠いものだった。しかし、今目の前で起こっているものは、夢なのか霊障なのか・・・いったいどっちなんだろう。

何故か、あの感情の方が強く、不思議な光景を目の当たりにしながらも、私の頭の中は驚くほど冷静だった。ただ怪しく蠢いている光を、見つめるしかなかった。

すると、それまでユラユラとしていたその光は、やがてひとつの姿を模っていく。それは、4~5歳くらいの幼い女の子だった。体操座りの恰好で、更に深く背中を丸めて膝を大きく抱え込んでいるように見える。最初は顔を、両方の膝の間に埋めていて表情は判らなかった。ただ、耳に直接響いて来るあの声は、一定のタイミングで囁かれる。

その内に、女の子はゆっくりと力なく顔を上げた。その表情は目を見開き、不安で悲しみに溢れ、恐怖に歪んでいた。そう、これまで味わって来たあの感情は、目の前に現れた、この女の子のものであった事を、この時私は悟った。

そして、女の子は首をグッと折り曲げて天井を見上げる態勢になった。耳の中に力なく囁かれる「ごめんなさい」の間隔は縮まり、その音量が大きくなっていく。それから金縛りになる前に爆発したあの感覚が再び膨れ上がって来た。気が付くと私も、目の前の不自然な格好の女の子も、体を震わせながら号泣していた。

2人で嗚咽交じりに泣きじゃくりながら、魂の奥底から津波のように押し寄せる感情を解放した。その時、私と女の子は同時に「ごめんなさい!お母さん!出して!!」と叫んでいた。次の瞬間、私は気を失っていた。

この事があってからも、あの女の子は姿を現し、2人で感情を同調させ、泣き叫ぶ事が度々起こり続けた。私は、かなり悩み苦しんだのだが、子供相手の職場でもあるし、内容も内容なので、この事を誰にも相談出来ずにいた。

1ヶ月ほど、そんな日々を過ごしていたが、私もとうとう限界に達した。睡眠不足が酷くなり、仕事にも支障をきたし、精神的にも身体的にも調子を崩して、私は入院する事になった。

そして、先輩の先生達も心配して見舞いに来てくれた。私は、自分が補佐をしているクラスの担任の先生に、これまで私自身に起こった出来事を話した。すると先生は表情を引きつらせ、言葉を失っていた。そう言えば、私がこの保育園に勤め始めたころ、先輩に住まいを尋ねられ、アパートの場所を答えた時、今と同じように表情を引きつらせて、話が途切れた事があったのを思い出した。先輩は意を決したように、話し始めた。


10年くらい前の話である。あのアパートの私の部屋には、母親と女の子の2人が住んでいたそうだ。その母親は、ご主人と離婚してこのアパートに引っ越してきた。母親は、朝から晩まで仕事で、女の子は、どうやら母親が仕事の間は家に1人きりで過ごしていたと言う。少し神経質そうな母親だったらしいが、実はその母親は娘に対して身体的な虐待をしていたらしい。当時のアパートの他の部屋の住人も、夜に響き渡る母親が怒鳴りつける声や、女の子の泣き叫ぶ声を聞いた事があったと言う。

そして今となっては理由は不明だが、ある日の事、女の子は母親によって、あのダイニングキッチンの床下収納の中へ閉じ込められる。扉に重しを乗せられ開かないようにしてあったそうだ。母親は仕事へ行ったのか、どうしたのか・・・。それ以来だと思われるが、母親はその後の消息を絶ったそうだ。そして1年半ほどが経ちアパートの家賃の未払いの件で、大家が部屋の鍵を開けて中を調べ、事件が発覚したのだ。何とも痛ましい出来事が、私の住む部屋で起こっていたのである。

私が、ずっと感じていたあの、言葉に言い尽くせない感情が、あの女の子のものだという事は、既に解っていた。しかし、あの子が何故あんな形で現れるのか、何が彼女をそんなに悲しませているのか・・・。今、やっと全てが解った。

あの子は、真っ暗で狭く、息苦しい床下収納の中で、身体を折りたたんだまま、息を引き取った。お腹を空かせ、小さなその胸が不安と恐怖で押し潰されそうになり、泣きながら叫んだに違いない。しかし、そんな目に遭わせた母親を呼び、助けを求め続け、ついに力尽きたのだ。私はもはや、恐ろしさよりも悔しさと怒りで唇を噛みしめ、あの時と同じように泣いた。

数日が過ぎ、私は退院した。今では、例のアパートは引き払い、新しく新居を探し引っ越した。そこでは、もう不思議な出来事は起こっていない。たまにあのアパートの前を自転車で通る時があるが、現在あの部屋に次の住人が住んでいるのか、今でも夜な夜な女の子は悲しみの中、あの姿を現しているのか・・・。それは判らない。が、私はアパートの前を通る度に、心の中でひたすら女の子の冥福を祈っている。

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