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須坂に点在する魅力的な人を繋ぎながら、新たなカルチャーへの入口をつくりたい。<SUZAKA-ZINE 玉井佳さん>

昨年、須坂市ではたらくさまざまな人へのインタビューをまとめた、小さな冊子が誕生しました。その名も、『SUZAKA-ZINE 【須坂人】』

「須坂の大人と仕事を知る冊子」として、中学1年生の子どもたちをターゲットにしているとのことですが、その内容は大人でも読み応えたっぷり。新たな須坂の一面に触れられる、魅力的な冊子に仕上がっています。

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この『SUZAKA-ZINE』の制作をメインで担当したのが、長野市出身のデザイナー・玉井佳さん。2020年に東京からUターンをし、今では多くの時間を須坂市での仕事に費やしているそう。

今も長野市に住みつつ、須坂が地元でないにも関わらず、こんな冊子をつくるなんて、よほど須坂のことが好きに違いない!

そんな目論見で、玉井さんに『SUZAKA-ZINE』をつくった背景や、須坂市に感じている面白さについてお話を伺ってみたところ、意外な答えが返ってきたのでした。

ぶっちゃけ、思い入れがあったわけではない。


ーー玉井さんは2020年に東京から地元・長野市にUターンし、デザイナーとして活躍されていますよね。もともとデザインのお仕事を?

玉井さん:はい。最初は大学で建築を学ぶために上京したのですが、だんだん興味が写真、デザインへと移り変わって、卒業後はデザインの制作会社でカタログやロゴなどをつくっていました。

ーー東京でデザイナーとしてのキャリアを積み重ねていた中で、Uターンを決めた理由は何だったのでしょうか。

玉井さん:もともと、長野に戻ることは考えていたんです。上の子どもが小学校に上がるタイミングだったのと、今後のキャリアとして独立を考えていたこと、あとは高齢の両親に代わって家業であるりんご農家を手伝いたい、という3つの理由が重なって、2020年の春に地元にUターンを決めました。

ただ、長野で暮らすのは18年ぶりだったので、昔の繋がりはほとんど途切れてしまっていて。ここからどうやって仕事をしていくのか考えていたときに、高校の同級生に誘われて須坂市の青年会議所(以下:JC)を訪れたんです。それで、そのまま引きずり込まれて今に至ります(笑)。

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ーーあれ、須坂市に関わるようになったのはたまたまご友人に誘われて……?

玉井さん:そうですね。高校3年間、長野市の自宅から須坂高校に通っていたので、町自体に馴染みはありました。けれど、それは単純に「高校生活を送るための町」という感覚で。農業は盛んだけど、本屋さんや服屋さんといった文化的な施設はあまりないという認識だったし、家族や友人と遊びに行くにしても長野市の方ばかりでした。

誘われた時も、須坂市に対して特別何か思うことがあったわけではなかったんです。

ーーそうだったんですね!てっきり、須坂市に強い思い入れがあって活動されているのかと思っていました(笑)。

玉井さん:全然そうでもなかったです(笑)。Uターンをしてこれから長野で繋がりをつくっていきたいというタイミングで、たまたま入り口が須坂市だっただけ。

でも、JCから受注したデザインの仕事をする中で、まだまだこの町には足りていない要素が多いし、だからこそ、自分の職能をいかせる場所だと感じていました。

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ーー須坂市に足りていない要素。それは、デザインということですか?

玉井さん:そうですね。すでによい土壌があるところに入り込んでいって、「さらにいいものつくるぜ」というパターンもあると思います。ただ、僕の場合は未開拓の場所で全体の底上げをするために働く方が、役に立てるのではないかという感覚があったんです。少し上から目線に聞こえてしまうかもしれませんが、デザインで伝え方を工夫していけば、須坂はもっとよくなるなって。

あとは、JCに誘ってくれた同級生の存在も大きかったですね。彼自身も、東京で司法書士をしていたところからUターンしてきて、今では須坂市の中でさまざまな人と繋がりながら働いている。それを見て、すごくいいなあと思ったんです。

ーーなるほど。須坂の町に関わっていくことが、玉井さんにとって自分の力を活かしつつ、人との繋がりを広げるチャンスにもなると感じたんですね。

玉井さん:そうなんです。実際に、JCからの依頼で「街ぶらすざか」というイベントのマップや商品券などを制作したとき、たくさんの地元の方たちと知り合うことができて。Uターンしてきたばかりの自分の存在を知ってもらう意味でも、町に関わりながら働くのはありだなと思ったんですよね。

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営業自粛によって打撃を受けた地元経済の活性化を目的にプレミアム商品券「ザカス札」を発行した事業。玉井さんはチラシやマップ等、広報物一式を制作。マップには、ザカス札が利用できる須坂市内の飲食店や宿泊施設が掲載されている。

玉井さん:そこで2021年から正式にJCに参加し、気がつけば、今では仕事のほとんどが須坂市に関わるものになりました。

「須坂で生きる可能性」を感じられるような冊子を

ーー今回の『SUZAKA-ZINE』も、JCの事業の一つとして始まったものなんでしょうか。

玉井さん:はい。JCで取り組む企画にはいくつか大きな枠組みがあって、「青少年育成」という枠の中で考えたのが今回の『SUZAKA-ZINE』でした。須坂にもいろんな大人がいて、仕事や生き方、価値観の幅があることを子どもたちに知ってもらい、地元で生きる可能性を感じられるきっかけを提供したいと考えたんです

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ーー冊子をつくるというアイデアは玉井さんが?

玉井さん:そうです。青少年育成の取り組みとして、ワークショップを実施するなどの方法もありますが、「楽しかったね」で終わってしまうことが多いんですよね。どうしても一過性のものになってしまって、もったいない。そこで、僕自身の職能を活かせて、かつ子どもたちの手元に残るという意味でも、冊子がいいなと思ったんです。

ーーたしかに、ふとしたときに何度でも読み返せるのはいいですよね。今回、メインターゲットを中学1年生に設定したのには、何か理由があるんでしょうか。

玉井さん:中学1年生といえば、13歳。村上龍さんの『13歳のハローワーク』や『魔女の宅急便』の主人公・キキの年齢なんですよね。13歳という年齢に「独り立ち」のイメージを持っていたのですが、キャリア教育について調べていくと、13歳はまず「どんな仕事があるのか」を知る段階であることを知ったんです

13歳で仕事の幅を知り、14歳で実際に職場体験に行って、15歳で卒業後の進路を具体的に考えていく。今回の『SUZAKA-ZINE』のテーマは、最初の「知る」段階にいる子どもたちにぴったりだなと思って。

ーーまさにどんぴしゃですね。玉井さんの中にはすでにどんな構成にするか、具体的なアイデアはあったんですか?

玉井さん:掲載する方たちの顔と職業名が一目でわかって、興味を持ったページから読み始められるようなデザインと構成は、あらかじめ考えていましたね。紹介ページの間に対談企画を挟み込むアイデアも、すぐに浮かびました。

そういった枠組みを決めてから、人選や対談のテーマも含めて内容を詰めていったという感じです。

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『SUZAKA-ZINE』の制作を始めるにあたって、玉井さんが描いた実際のラフ。


ーー今回の『SUZAKA-ZINE』には29名の方が載っていますが、これは人選と取材がかなり大変だったのでは……?

玉井さん:そうですね。職業やジェンダーのバランスを意識しつつ、JCの中で候補を出したり、僕自身が載ってほしいと思う方にご連絡したりしました。取材や書き起こしなどはJCのメンバーにも協力してもらいつつ、撮影や編集、デザインなどの専門的な部分は僕が担当しています。全体の制作期間は3〜4か月程度だったので、かなり大変でしたね(笑)。

ーーそれだけの短期間で、この分量をまとめるのには、ものすごく気合いが必要ですよね……。

玉井さん:今回は僕自身のやりたいことでもあったので、なんとか調整して作りきったという感じです。他の仕事との兼ね合いも含めて、タイミングが合わなければ実現できていなかったかもしれません。

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ーー無事完成した冊子を拝読しましたが、すごく読みやすかったです。

玉井さん:ありがとうございます。13歳の子どもたちでも比較しながら読みやすいように、デザインのフォーマットや質問事項はすべて統一しました。より親近感が湧くように、登場する皆さんの出身高校も載せています。

ーー「セラピスト」や「ガス屋」など、子どもたちにとっては、ふだんなかなか出会うことのない職業の方たちの思いにも触れられて、すごくいいなと思いました。

玉井さん:やっぱり、子どもの行動範囲だけでは出会えない大人がたくさんいるじゃないですか。テレビの中だけではなく、身近なところにもこれだけの職業があって、いろんな大人がいて、面白そうに働いていることがわかれば興味が湧くかもしれない。そういう意味でも、バリエーションが出せてよかったです。

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ーー移住やまちづくりに関する対談コンテンツも含め、大人でも読み応えがあるなと感じます。冊子全体の雰囲気も、シンプルかつスタイリッシュで。

玉井さん:実は、そこも意識したポイントなんです。13歳をターゲットにしてはいるけれど、子ども向けに寄せるのではなく、単純に「いいものをつくる」という気持ちで制作しました。

これだったら須坂に移住してきた方たちにも渡せるし、フリーペーパーとして街角で地元の方にも読んでもらえるんじゃないかなと。子どもたちだけでなく、幅広い人に手に取ってもらえたらうれしいですね。

点在する魅力的な人たちを繋いでいく役割


ーー『SUZAKA-ZINE』を発行後、須坂市内のすべての中学校に配布したと伺いました。何か反響はありましたか?

玉井さん:学校の読書の時間にも読んでもらっているみたいで、各中学校から感想のアンケートが少しずつ返ってきている状況ですね。「読みやすかった」とか「自分は『花火師』がいいなと思った」といった意見をいただいています。アンケートが集まったら、結果を集計をしてみようかなと。

引き続き反応を楽しみに待ちつつ、すでに学校関係者の方や市長さん、行政の方たちからはかなり好評をいただいているので、ひとまず安心できました。

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ーー他の町のバージョンもぜひつくってほしいです!制作を終えて、玉井さんご自身の中で何か変化はありましたか?

玉井さん:企画の段階から面白くなりそうだなとは思っていたけれど、実際におひとりずつ話を聞いてみて、「須坂市内にもこれだけ魅力的な人が点在しているんだ」と刺激を受けました。移住者や同年代の方も多かったですし、皆さん自分の仕事に誇りを持っていきいきとしていて。

さらに、今自分がやっているのは、そういった点と点を、冊子という目に見える形で繋いでいく役割なんだなということに気づいて、「めちゃくちゃいい企画じゃん!」って改めて実感しましたね(笑)。

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ーー掲載者の方たちにとっても、同じく須坂で頑張っている同世代の存在を知って繋がるきっかけになりますもんね。

玉井さん:僕自身、制作を通してプライベートでお店を訪れたり話をしたいと思う方たちに出会えましたし、この町に馴染む一歩になりました。やったぶんだけ面白さを得られる経験だったと思います。

デザインで町の文化を底上げし、“入口”になる場所をつくりたい


ーー改めて、玉井さんから見て須坂市はどんな町だと感じますか?

玉井さん:難しいですね。もちろん今はこの町が好きだし、愛着があるけれど、カルチャーの面白さという面ではまだまだ足りていないなと感じます。やはりもっと自分の興味のあることを深められたり、文化に触れられたりする場所が増えていくといいんじゃないかなと思っていて......じゃあ、自分でやるかと。

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ーーおお、ご自身で……!

玉井さん:事務所を兼ねて、この建物の奥にライブラリーをつくろうと思っているんです。

ーーライブラリー。本を扱う場所をつくりたいという思いは、以前からあったんですか?

玉井さん:ずっとやりたいなとは思いつつ、具体的には考えていませんでした。でも、その気持ちを建築関係の仲間にぽろっとこぼしたら、「場所あるよ」って(笑)。

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hut建築事務所の奥にあるスペース。ここにライブラリーをつくる予定。

玉井さん:『SUZAKA-ZINE』もそうですが、本を入り口にして世界と繋がれるのがすごくいいなと思っていて。知りたいことを知れるのはもちろんのこと、本を読むことで現実とは違うところに飛び立てるし、それを介して人と話ができるじゃないですか。

ーーそうですね。本がさまざまな“入り口”になるという感覚、わかります。

玉井さん:そういう文化に触れる入口として、ライブラリーをつくりたいんです。ふらっと訪れたら、何かヒントを持ち帰れるような場所。実際に本を手元に置いておきたい場合は、本屋さんのように買えるようにしたいとも考えています。

この建物の裏には、刺繍作家さんのアトリエや喫茶店などの文化的なコミュニティがぎゅっと集まり始めているので、相乗効果にもなると思う。まだまだこれからですが、今年はライブラリーの実現に向けて動いていく予定です。

ーー須坂の町もさらに変わっていきそうですね。デザインの面でも何か挑戦していきたいことはありますか?

玉井さん:デザイナーとしても、町が持っている文化的な魅力をより広げられる仕事をしていきたいですね。街角のサインや広告ひとつとっても、まだまだ雑多で整理されていないものが多いなと感じていて。もったいないじゃないですか。

「それが僕の商売だから」という意識ではなく、適切にコミュニケーションができるものをつくりたいし、近しい想いを持つ仲間と一体になって動いていけば、ここはより暮らしやすい町になると思っています。

Uターンしたての頃に比べると、今は『SUZAKA-ZINE』が名刺代わりになってくれて会話がしやすいですし、これからはJC以外でも町に関わる仕事を増やしていきたいですね。

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玉井 佳(たまい けい)
tamai design studio代表
1983年長野県長野市生まれ。大学で建築を学んだ後、アートディレクター/グラフィックデザイナーとして株式会社日本デザインセンターなどでの勤務を経て、2020年から活動の拠点を長野に移す。家業の林檎栽培を引き継いで兼業農家としても活動を開始。
tamai design studio 
須坂青年会議所 


執筆:むらやま あき
撮影:小林 直博
編集:飯田 光平

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