【小説】駆けて!ホンマチ①
2021年7月11日
名古屋市営地下鉄東山線を名古屋駅で下車し、JR関西線へと乗り継ぐ。人ごみを掻き分けるようにして中央コンコースを奥へ奥へと進み、新幹線乗り場のすぐ手前の12番ホームを目指し階段を上る。16年間も生きてきたというのに、JR関西線を利用するのは恐らく初めてのはずだ。そもそも、JRに関西線という存在があったことすら知らずにいた自分を恥ずかしく思う。
梅雨の合間の晴天日となった今日は、サウナに入らずとも整いそうなくらいの体感気温だ。そんな蒸し風呂状態のホーム上には、列車の到着を行儀良く待つ人たちの列が形成されている。ディスタンスを意識した等間隔は、もはやお決まりの光景だ。適当な列の最後尾に、私も同様にして距離を置いて並ぶ。最後尾とはいえ、前には4人いるだけの列だ。日曜日の午前10時すぎ、四日市方面への利用客などこの程度なのだろうか。
背負っていたリュックを下ろし、ステンレス製のマイボトルを取り出してマスクを下げる。猛烈な湿気に包まれていた口元が解放され、一瞬だけ涼しげな感覚がやってくる。当分の間はまだマスクで顔を隠すことになるのだろう。顔面偏差値40台半ばという自己採点の私にとって、好都合といえばそうなのかもしれないが、やはりマスク生活は不快なことこの上ない。
足元に目をやると、おろしたてのスニーカーの靴紐がほどけていた。「ちなみにぃ、このメーカーだとぉ、普段よりも一回り大き目のサイズが無難かもっすね」と24.5センチを薦めてくれたギャル風の店員さんの見識は間違っていなかったようだ。私の足にピッタリとフィットしてくれている。
そのお気に入りのスニーカーの右足の靴紐を結び直すと、四両編成の列車がホームに滑り込んできた。降車客をお見送りする格好で待ってから乗車すると、ビーズソファのテレビCMさながらに、車内のロングシートに思い切り脱力しながら大袈裟に腰掛ける。空調の効いた快適な空間に束の間の極楽気分を味わう。
アイドルグループのメンバーになった気分でいる私が目指す駅は蟹江だ。
愛知県海部郡蟹江町。その地名だけは知っている。確かハウジングセンターがあってCMでよく見かける。あとは・・。残念ながら、私の容量不足気味な脳みそ内を懸命に探ってみても、蟹江町に関する検索結果は0だ。よって、ネットの情報に頼ることとした。
名古屋市の西隣に位置し、中川区や港区に面している。私の住んでいる名東区と比較すると、面積は約半分で、人口は五分の一以下となっている。
町域の五分の一が河川で占められているという興味深い特徴を持っている。蟹江という町名が付けられたのも、かつてはたくさんの蟹が生息していたからだそうだ。
愛知県内で唯一『日本の名湯百選』に選出されている『尾張温泉』という観光施設を擁しているという記述には驚かされた。そんな素晴らしい温泉の存在を、私を含めほとんどの愛知県民は知らずにいるのではないだろうか。もっと宣伝するべきだと、もどかしい気持ちにすらなる。蟹江町民の気質は控えめなのだろうか。
さて、何の目的もなく高校二年生の私がたった一人で未踏の地である蟹江町を訪れようなどと企てるはずがない。
私にそう決断させた出来事は、二週間程前に起こった。
「もういっぺん、あの人と本町を歩きたかったわ・・」
私の大好きなおばあちゃんが、消え入りそうな声で呟いた言葉だ。『あの人』とはおじいちゃんのことだ。
その日は、おじいちゃんのお葬式だった。斎場からの帰り、車の後部座席で膝の上のお骨を大事そうに抱えながらの一言だった。
孫の私から見ても、おばあちゃんとおじいちゃんは仲睦まじい夫婦だった。寡黙で優しいおじいちゃんと、活動的で元気なおばあちゃん。タイプは違うものの、上手くバランスが取れていたのだろう。お互いのことは全てお見通しというか、阿吽の呼吸で通じ合っている理想の夫婦像だったと確信している。
おばあちゃんは二年前に毎日の日課だった朝の散歩中に躓いて足首を骨折して以来、活動量は激減してしまう。エネルギッシュだったおばあちゃんは、あれから一気に老け込んだ感がある。半年前におじいちゃんが入院してからは尚更そう見えた。家に中に篭りがちになり、口数も少なくなってしまった。
「えっ?ホンマチってなに?どこのこと?」隣の私はそう聞き返したが、おばあちゃんは車の窓から外を眺めているばかりで、何の返事も返ってこなかった。
「本町っていうのはねえ、蟹江にあるんだわ」
おばあちゃんがそう語りだしたのは、それから四、五日が過ぎた頃だった。
おばあちゃんは旧十四山村、現在の愛知県弥富市の出身だ。周囲を田んぼに囲まれた田舎で、遊び場を求めた当時の若い人たちは隣町である蟹江町の本町商店街まで繰り出したものだという。
南北約450メートル程の商店街には、町役場や消防署、銀行をはじめ、数多くの飲食店や日用雑貨店がひしめき合い、映画館やパチンコ店といった娯楽施設まで立ち並んでいたのだと教えてくれた。
おばあちゃん曰く、休日には近隣の町村からの若者たちでごった返す賑やかさだったらしい。
「お祭りの日は特に人が集まってくるんだわ」
おばあちゃんは24歳のときに初めて蟹江のお祭りに出かけた。9月末のお祭りは神明社を先頭にして屋台がずらりと並び、商店街のほぼ全域を埋め尽くしていたと嘯く。
「あんだけぎょーさんの人ごみは初めてだったわ。そんでえらい目に遭った」
友だちと二人、おろしたての浴衣を着てお祭りに出かけた夕刻、余りの人の多さで思うように身動きがとれず、すぐにはぐれてしまったのだ。更に運悪く、下駄の鼻緒が切れたおばあちゃんは片足を裸足のままで必死に友だちを探したが、不運の連鎖は収まらず路上の割れたビール瓶の破片を踏みつけてしまう。足の裏を切ってしまったうら若きおばあちゃんは、歩行すら困難になり、電信柱に寄りかかりながら壊れた下駄を握り締め、泣きべそをかくばかりだった。
しかし、絶望の淵に立たされた涙顔の乙女の前に颯爽と救世主が現れるまでには、それほど時間を要しなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?