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子供の頃、甲状腺がんだった話 2

さて、月日は流れ、私も大人になり仕事をし、結婚して子供を持つ年になりました。
この間10年以上、通院はしていませんでした。
社会人数年目に不調を感じて近所のクリニックで検査してもらいましたが、手と眼球の震えはあるが、採血の数値は正常範囲内なので大丈夫でしょうとのことでした。
ただ、片側の甲状腺で足りているとはいえやはり半分なので、太りやすかったり声が低かったり、コレステロール値が高かったり、機能低下症のような傾向はあります。
体質だと思って付き合ってきました。
それでも丈夫が取り柄だと思い、残業もバリバリこなしていました。

縁あって29歳で結婚。半年ほどで双子を授かり、30歳で出産。
産後、不調が激しく、あれこれネットで検索して産後の甲状腺の機能低下を知りました。
ずっと安定していたけど、出産で機能低下になっているかも。そう思い、約15年ぶりにI病院を受診しました。
I病院、この道の権威なのに、紹介状なしで診てくれるのです。予約もいらない。
なので私も思いきって行くことができました。
長い待ち時間は相変わらずでしたが、呼び出しまで外出できるようにシステムが変わっていました。
てっきり初診扱いになると思って受付の方に事情を話したら、当時の住所と氏名で本人確認をして下さり、診察券の再発行をして再診扱いにして下さいました。
「さすがにカルテは残ってないですけどねー」と言われましたが。

血液検査の結果、異状はなし。
「育児疲れでしょう」と言われて苦笑い。
それでも、既往があることから、定期的に通って診て頂くことになりました。
ちなみにエコーしてもらい、残った右側の甲状腺は小さいしこりが3つほどあるが、悪いものにはならないので心配しなくていいとのことでした。
3か月から半年のスパンで通い、3人目妊娠希望であることを伝えると少量のチラーヂンを処方してくれました。
服用し始めてまもなく、ムスメ妊娠。32歳で出産。
ムスメの産後3か月で受診、異常なし。

その3か月後、産後6か月で受診した時のことでした。
内科の先生に診て頂いた後、「外科部長からお話があるそうなので、廊下でお待ち下さい」と言われたのです。
外科部長? はて?
と思いつつ、何の予想もつかなかったのでそのまま待ちました。
ムスメを連れて受診したので、隣にいたおばあちゃんが「可愛いわねえ」と話しかけてくれました。

診察室に呼ばれ、外科部長の先生と対面すると。
「当時のカルテが出てきたんですが」と。
パソコンの画面には、スキャンしたと思われる手書きのカルテ。
20年以上も前のカルテを、スキャンまでして残しておいてくれるなんて、本当に親切な病院だなあ。
呑気な感慨に浸ったのも束の間。

「ここに、腫瘍はがんだったと記録されてるんですが、ご存知ないですか」

……はい?

「いえ、知りません」
「ロホウがんというがんだったようなのですが…」
頭が真っ白というか、空転していました。
がんだった? 良性じゃなかった?
もう切除してるんだから影響はないよね?
でもこうして呼ばれるってことは、何か心配すべきことがあるの? 再発?
ロホウがんって聞いたことない。漢字すら分からない。

外科部長先生は、当時思春期手前だった私に配慮して両親が話さなかったのかも、でもあなたはご存知ないようだし、お子さんもいらっしゃるので伝えておいた方がいいと思いましたと話して下さいました。
再発の疑いがあるわけではなく、単に私が何も知らないようなので、教えておこうということだったようです。
でも「大丈夫だと思いますが、念のため転移がないか検査しておきましょう。今日の採血で調べられますから。ロホウがんが転移しやすいのは肺などです。血流に乗って転移するんです。」と言われました。

転移。

その言葉を聞いて初めて、「がんだった」という事実が頭に染み込んできました。
転移って…、まさか20年も経ってしてるはずがない。
でもまさか。
抱っこひもの中のムスメを見ました。
この子も、双子の兄たちも、育てていかなきゃならないのに。

病院を出てすぐ母に電話しました。
外科部長先生からの話を伝え「がんだったって知ってた?」と聞くと「知らなかったわよ」との返事。
「でもよかったじゃない。知らずに生きてきたから好き勝手して来られたでしょう」
確かに、一切不安に思わずに気楽に生きてこられたけど、その言い方…。
「転移? してるわけないでしょ。それにしても、20年前のカルテを残しておいてくれるなんて、相変わらず親切な病院ね~」

その後双子のお迎えで待ち合わせた夫にも「びっくりな報告があるんだけど」と伝えました。
はじめ「まさか4人目?」と茶化した夫も、いきなり「がんでした。20年前に」と言われてどう答えていいか困ったようです。
でも「心配だね」と気遣ってくれました。

検査結果は郵便で届くとのことで、それが来るまでの私は検索魔になったり、時々不安になって涙が出たり。
ネットで検索してやっと、ロホウは「濾胞」と書くのだと分かりました。
でも「濾胞がん」「転移」で調べてもほとんど出てこない上、「20年」なんてあるはずもなく。
甲状腺のがんは穏やかな性質のものが多く、そもそも小児の濾胞がんもかなり少ないことが分かったのみでした。

1か月ほどで郵送しますと言われた検査結果ですが、2週間ほどで届きました。
郵便受けの前ですぐに封筒を開け、紙を開くと
「今回の検査結果は陰性でした」
の文字。
だよねえと言う気持ちと、ああ、でもよかったという気持ち。
何度も何度も見返して、やっと深く息を吐いたのでした。

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