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腐った雨が降って、僕らは少しづつ錆びていく。

この星にはもうそんなに人は居ない。
ほとんどの人はずいぶん昔に違う星に移住してしまった。
僕はここに妻と娘と居る。
何故この星に置いていかれたのかよくわからないが、お国さまのなんらかの基準で落とされたのだろう。
妻も娘も実際に存在するわけでは無い。
僕の首に埋め込まれたチップが見せる脳内の記憶映像だ。
あの戦争に僕が出兵する前の日。
妻と娘はその日に閉じ込められている。
笑っている、そして泣いてもいる。
それ以前の映像はない。
何度見ても悲しいのに涙は出ない。
涙はとても高価で僕には手に入れる事ができない。

この街には太陽がある。
難しい事はわからないが、もうずっと沈んでいない。
人工的に作られているのは知ってるが、それ以外の事は知らないし、興味がない。
だからこの街には夜が来ない。
そしてもうひとつ、太陽よりも高い所に浮かんでいるでかい船。
一度丘の上に登って船を見てみたが全体像まで把握出来なかった。
相当なデカさだ。
この船は定期的に雨を降らせるようになっているが、メンテナンスなどする人間など居るはずもなく、街中に嫌な匂いのする雨を降らせる。
『腐った雨』だ。
この街の人はみんな幽霊船と呼んでいる。
まあ、確かに気味が悪い。

僕は機械で出来ている。
実際には自分がどこまでが機械なのかは把握できていない。
戦争が始まり、戦地で負傷して目が覚めたら戦争はもう終わっていた。
そして体が変わっていた。
特殊なゴムのような素材で出来ている肌は、いつからかポロポロと剥がれ落ち、所々機械が剥き出しになっている。

あの船から降ってくる腐った雨で錆び付いて動かなくなればいい。
僕はその日を待っている。
通常の人間よりも強固な生存本能がプログラムされてるらしい僕は自分で死ぬ事ができない。
以前、廃墟になったビルから飛び降り自殺を試したが綺麗に着地してしまった。
まったく滑稽だ。

犬がこちらに向かってくる。
完全に生身の犬なら高く売れるんだが、、。
近くに来たので、頭を撫でてやる。
興奮して尻尾を振っているが、後ろ足の皮膚が剥がれていて機械部分が見えてる。
がっかりして首元に付いているシリアル番号を確認する。
多分オーダーメイドで作られたものだ。
昔ペットロスとかいう言葉があり、飼っていたペットが死んだら、そっくりにオーダーメイドするのが金持ち達の間で流行った。
『勝手に作って勝手に捨てられたんだな』
まったく吠えないのもオーダーメイド犬には良くある特徴だ。
『お前でも多少は金になるかもな』
近くの部品屋に連れて行くことにした。

『オーダーメイド犬かぁ』
ここの主人はこの辺では珍しく一切機械の部分がない。
こいつがこの店で一番高値なんじゃないんだろうか、と思うとバカらしくなる。
よくこの街で臓器ディーラーに狙われないものだ。
ニタァっと笑うと穴だらけの真っ黒い歯と紫の歯茎が見えて気持ちが悪い。
何本か歯がないせいかコップで水を飲む時「たったったっ」と気分の悪い音を立てる。
こいつの身体から何かを移植するのは嫌だ。

『でも古すぎるなぁ、この手の部品は特別だけど逆に使えないんだよなぁ』

『値段だけ教えてくれればいいよ、アンタしゃべると長いから』

『ハッキリ言うよねアンタ。結構傷ついたよ今の。買い取り不可。使える部品も無さそうだし、けど何で今頃こんな犬が出てくるかねぇ』

『ふぅ、そうか仕方ない。今日タバコは入ってるか?』

『ああ、入ったよ。あんまり良いやつじゃないからタダでやるよ。犬も買い取ってやれなかったし。サービス。アンタ飼ってやんなよこの犬、なんか懐いてるみたいだし』
と言ってゲハハと下品に笑った。
悪い奴じゃ無いけど生理的に嫌いだ。

犬は確かに期待したような目で僕の顔を見上げてる。

『なあアンタまだそのボロい肌修理しないのか?雨で錆びちまうだろ。中身がさ。ちょうどいいの昨日入ったぜ。安くやってやるよ』

『いや、俺はこれでいいんだ。じゃあ、ありがとう。またなんか見つけたら来るよ』


さて、もうこいつは俺を主人だと認識しているようだ。まあそういうふうにプログラムされてるだけなんだと思うけど。

妻と娘はこの犬を連れて帰ったら喜んでくれただろうか。
妻は怒ったかもしれない。
けど娘の喜んだ顔を見て、ため息をつきながら飼うことを許すんだ。
娘はこの犬になんて名付けるだろう?

泣きたくなった。
涙が出たら少しは自分を慰める事ができるかもしれない。
タバコに火をつけた。
首に穴が空いてるから口と首から煙が出る。
滑稽だ。
こんなに悲しいのに。
サイレンが鳴る。
幽霊船が叫び声のような音を鳴らし動き出す。
腐った雨が街全体を汚していく。
僕も犬もここで少しずつ錆びていけばいい。
『ちょうどいい、涙の代わりだ』
顔を上に向けて雨を浴びた。
横で大人しくしていた犬が
僕の頬を何度も舐めた。
『そうか、お前主人を慰めるようにプログラムされてるのか』

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サポートしてもらえたらすっごい嬉しい。内容くだらないけどね。

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シュリスペイロフというバンドのボーカルとギターをやっている。