cookie clickerはなぜ人を夢中にさせるのか

cookie clickerというゲームを御存じだろうか。ひたすらクッキーを焼くゲームだ。

クッキーをクリックすると、クッキーを生産できる。生産したクッキーを使って職人のおばあちゃんや工場(生産設備)を購入すると生産を自動化できる。

生産→生産設備強化→生産

ひたすらこれを繰り返す。これがこのゲームの基本的な流れである。

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わたしはこのゲームに3年以上嵌っていた。ほかの活動の阻害になっていると思い卒業したが、なぜここまでこのゲームは人を熱中させるのだろうか。

その構造と解決策を考察していく。なお、考察にあたって『僕らはそれに抵抗できない「依存症ビジネス」のつくられかた』を参考にした。

参考文献『僕らはそれに抵抗できない「依存症ビジネス」のつくられかた』


cookie clickerと依存症

cookie clickerには強い中毒性がある。それは、cookie clickerのゲームデザインのためである。
ここでは、『僕らはそれに抵抗できない「依存症ビジネス」のつくられかた』「第2部 新しい依存症が人を操る6つのテクニック」で紹介される、依存症を作る6つのテクニックと、cookie clickerのゲームデザインの共通点を検討する。
 すなわち、目標、フィードバック、進歩の実感、難易度のエスカレート、クリフハンガー、社会的相互作用についである。

cookie clickerと目標

人間は目標を提示されると行動を促される。具体的であるほど、行動は安易になる。そのため、自分が何枚クッキーを焼けばいいのか、数がわかっていると、そこまでクッキーを焼きたくなってしまうのである。

本書では、目標があるからこそ人は行動できると述べている。原始時代では、食料の確保という目標を達成することを脳が要求するから人類は今まで滅亡することなく今に至っている。本来、生存のための目的への欲求は、文明レベルが上がった現在でも残っている、ということだ。

 cookie clickerの目的

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cookie clickerの画面には大きなクッキーと、クッキーの生産を向上させるアイテムの販売画面が並ぶ。プレイの開始時に、自分の手でクッキーをクリックし、クッキーを生産する(ゲームの名称の由来だ)。すると、増やしたクッキーで生産施設が買えるようになる。アイテムが増えると、クッキー生産量(cps)が増える。そして、より多いクッキーを生産することができる。cookie clickerの目的は、この、より多いクッキーを焼くことである。

cookie clickerの目標
単にクッキーを焼くことだけが目標として提示されているなら、人はこのゲームに熱狂的に夢中にならないだろう。抽象的なゲームの目標とは別に、具体的な様々な目標が存在する。


生産施設(buildings)、upgrade
cookie clickerでの具体化された目標はいくつもあるが、代表的なものは生産施設、upgradeである。生産施設は、前項でも述べた、クッキーの生産を向上させるアイテムである。upgradeも同じだと考えてもらってよい。この2つの特徴は、購入に必要なクッキーが表示されていることにある。

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(上段がupgrades, 下段が生産施設。🍪マークの右側に必要クッキー数が表示される。)

生産施設もupgradesも基本的に永遠に増えるので、常に新しい目標が提供されることになる。これらの目標がプレイヤーをcookie clickerのプレイ(行動)へと促すのだ。


 cookie clickerのフィードバック


フィードバックは、ある行動から得られる結果のことである。結果が期待されると人は行動を起こしたくなる

cookie clickerで一番多いフィードバックはupgaredesの獲得やクリックでクッキーを得るという結果だ。これらは、効果が最初から決められている。例えば、upgrade1つ獲得で、生産量が1.1倍になるといったものだ。しかし、それ以上に、このゲームにのめり込ませるフィードバックが用意されている。

不確定なフィードバック- golden cookie, sugar lamp, stock
フィードバックは、結果が不確定なほど行動に夢中にさせる。適度に悪い結果が出る方が、常に良い結果が得られるよりも熱中させる。

cookie clickerではgolden cookiesugar lampが不確定な結果にあたる。golden cookieとは、一定間隔で現れるボーナスクッキーのことだ。これをクリックすると、ランダムで様々な効果を得ることができる。

3分クッキーを焼いたのと同じクッキーを獲得(これはしょぼい)、生産量7倍、中にはクリックを777倍にするものもある(これが強力!)。

強い効果ほど、発生率は低く設定されている。結果が不確定だからこそ、良い結果を求めてgolden cookieを待ち続けて画面を見つめることになる。(スロットマシーンのボーナスを待つ光景を想像してみてほしい)


sugar lampは角砂糖を約1日で育てるミニゲームだ。成長したときにクリックして収穫する以外、特に操作は必要ない。sugar lampは収穫量が確率で上昇する。これも、不確定なフィードバックだ。そのため、1日ごとにより良い結果を求めてcookie clickerを開いてしまう。あくまで、結果の良しあしの差が大きくなく、刺激の頻度も少なめなので(golden cookieは5分に1回ほど出現する)そこまで束縛力はないと思う。

最後に、stock marketを紹介する。これは、生産施設の銀行にsugar lampを与えると発生するミニゲームだ。発生条件がわかりづらいので、代表的なフィードバックとは言えないが、その効果は絶大だ。なぜなら、stock marketはその名の通り株式売買ができるからだ。1分ごとに取引商品の値段は変化し、すごいときは100%以上価値が変動する。ここだ!というタイミングで売りができれば、得られる利益は莫大なものになる。1分ごとに刺激の強いフィードバックが得られる。一度魅力に気づくとなかなか抜け出せない、危険なミニゲームだ。

cookie clickerの進歩の実感・難易度のエスカレート

進歩の実感・難易度のエスカレート、これらは2つで1つのようなものなので、ここで両方紹介する。

進歩の実感、正確には「難易度とスキルが釣り合っている状態」は、人を作業に熱中させる。漫画などでは、ゾーンと呼ばれる状態だ。言わずもがな、cookei clickerは進歩の実感を与える。なぜなら、クッキーの生産量が常に増えるからだ。これで終わってもいいのだが、もう一つ重要な点を付け加える。

実は、cookie clickerは難易度が上がる。生産施設やupgradesの値段上昇倍率が上がっていくのだ。単純な生産量上昇以上の工夫を、上記のgolden cookieや様々なミニゲーム(gardening, stock market, pantheon, magic tower, dragon cookie, seasons, ascend, etc...きっと今後も増える)で行う必要がある。

必要な作業や知識が増えるが、それによってプレイヤーは自身の成長も感じられる。一見ただの作業ゲームであるcookie clickerの奥深さは(また、危険なところは)数々のミニゲームにある。


cookie clickerとクリフハンガー

クリフハンガーとは、崖にぶら下がっている絶体絶命の状況、そこから派生した、先の展開への興味を引き付ける状況のことを指す。先の結果を示唆することで、人を行動に縛り付ける、行動依存型コンテンツの特徴として紹介されている。例えば、Netflixの次のエピソード表示がそれだという。

cookie clickerでは、一定以上のクッキーを生産したときに獲得されるachievementsが大きな役割を果たしていると思う。 achievementsの名称を非公式wikiから一部引用する。

Fledgling bakery | 駆け出しのベーカリー - クッキーを 1 million ( 106 ) 枚焼く,
Timeless bakery | 時間を超越したベーカリー - クッキーを 1 quadrillion ( 1015 ) 枚焼く,
 You can stop now | もうやめていいよ - クッキーを 1 sextillion ( 1021 ) 枚焼く

いかがだろうか。センスあるachievementとの名称と、ぶっ飛んだ解放条件が、「次はどんなachivementが得られるのか??」「どの単位まで解放条件があるのだろう??」と、先の内容に興味を持たせ続ける。

また、生産施設もクリフハンガーになっている。生産施設はクッキー生産量に応じて、種類が増える。この種類が非常に魅力的なのだ。最初こそ、クッキーをクリックするcursorやクッキーを焼いてくれるGrandmaだが、徐々に鉱山からクッキーを発掘するMine、神に祈りを捧げクッキーを得るTempleなど、奇想天外な施設が増えていく。こうなると、クッキーを焼いて、次の生産施設を解放したくて仕方なくなる。(今でもcookie clickerは定期的にアップグレードされており、新施設はネットでも話題になる)

cookie clickerと社会的相互作用

twitterやInstagramに多くの人が嵌る理由は、社会的相互作用、つまり、プラットフォームを通した他人との交流にある。実は、cookie clickerはゲーム自体には社会的相互作用がほとんどない。もちろん、定期的にcookie clickerがtwitterでバズるが、ゲームの内容が他のプラットフォームで話題になるだけだ。

以上のような、クッキー生産の目標提示、フィードバック(ガチャ要素)、進歩の実感(プレイヤースキルの上昇)、クリフハンガー効果が組み合わさり、プレイヤーをcookie clickerの虜にさせると分析する。まだ紹介していないcookie clickerの要素もたくさんあるのだが、それらも以上4つの要因に属すると考える。

cookie clickerをやめるには?

cookie clickerは一度嵌るとやめるのが難しい。やる・やらないは個人の自由だが、もしあなたが1時間golden cookieを押す作業を他の作業に替えたいと考えているなら、やめる選択が必要になる。

『僕らはそれに抵抗できない』第三部は、行動依存の予防や、行動依存を患った際の治療法を考察している。ここでは、その方法論を参考に、cookie clickerを引退したいプレイヤーがどうすればいいのか考える。

視界から消す、データを消す

結論はいたってシンプルだ。cookie clickerをブックマークやショートカットから削除し、バックアップデータやcookie clickerのキャッシュデータを消すことだ。

なぜ、この方法になるのかというと、行動や習慣を避けるには、誘惑と対峙しないことが一番だからだ。普段から使うブックマークからurlを消し、次なるクッキー生産という目標を提示するセーブデータを削除してしまうことで、誘惑の根源をなくしまうのである。

chromeでは特定のサイトのブロックも可能である。また、アドインを使うことで、ブロックリストの変更にパスワードを必要とすることもできる。可能なら、cookie clickerのサイトをブロックして、パスワードを他人に設定してもらおう。そうすれば、自分の意志ではこのゲームを遊ぶことはできなくなる。繰り返しになるが、誘惑と対峙しないことが一番の治療法なのだ。
 

欲望の内面化
誘惑と対峙しないことが重要である理由として、本書では欲望の内面化を指摘している。

チョコを食べたいけれど我慢し続ける人より、適度にチョコを食べる欲望に従う人のほうが実際にチョコを食べる量は少なくなる。欲望を我慢することは、欲望を抑圧し、より強い欲望を生み出すからだ。似たような話では、コーラを子供のころ禁止された子供は大人になるとコーラ中毒になる話が有名だ。
私もクッキーを焼きたい欲求が突然爆発して、休日の半日ほどを無駄にした経験があるのでよく分かる。

最後に

ここまでcookie clickerを危険なもののように書いてきたが、それを決めるのはあくまでプレイヤー各々の判断だ。少し距離を取った今でも、cookie clickerはシンプルな遊びに宇宙規模の世界観を取り入れたシュールで素晴らしいゲームだと思う。

私がこの記事で伝えたいことは、このゲームにのめり込んで生活に支障を来した際に抜け出すための視点だ。

また、cookie clickerに限らず、多くの異常なまでに人を熱中させるゲームやアプリケーション、デバイスには共通する構造があることが『僕らはそれに抵抗できない』では述べられている。本書を参考にcookie clickerの構造を考察したように、実際に自分で手に取って身の回りの製品を見直してみると新たな発見があることだろう。


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