なぜこの生き方を選んだのか【人生くりかえしてもまた同じ道を選ぶ】
こんにちは、ボンボイです。
今日はコラム的なもので、私がこのような生き方を選んだ理由を少し話したいと思う。
もし当時の私と同じように悩んでいる人がいたなら参考になると思う。
昭和50年代生まれの私の時代はまだ、学歴社会の風潮が強かった。
「勉強しないさい」「通知表の成績は?」
小学生の頃はこんな感じで育った。
そしてバスケに夢中だった小・中学生だったけどそれも並。勉強も並。下手したら並以下。
そのまま高校生になり、バスケもそっちのけで毎晩ミナミ(心斎橋)のクラブに行って、朝まで過ごした。
勉強も並、スポーツも並の私が夜の街に染まるのはそんなに難しいことではなくそこでできた私立に通うイケてる先輩と遊ぶことが楽しすぎて夢中になった。
そんな怠惰な高校生活をギリギリ終わるころに
「え?俺なんもないやん」って。
気が抜けてた。学生時代の友人はスポーツ推薦で大学が決まり、進路が決まる。
自分には進路とかやりたいことが全くなかった。
そうしてプラプラしてたらもちろん当時付き合っていた彼女にも愛想尽かされあっさり振られた。
金も目指すものもなく、すがりついていた彼女にすら見捨てられたことよりも、何もない自分がただただ悔しかった。
「そりゃ、振られるわ」
見返したい一心でフロムAをコンビニに買いに行って「とにかくゼニや」っていう特集ページを開いて、片っ端から応募していった。
かっこいい車やブランド品を身につけてもっとハイグレードな生活をすればいい女ができて、人生を変えられる!ってガチで思った。
朝から引越しのバイトして、夜は歩合制のBARでバイト。
必死こいて稼いだ金は月に30万もなかった。
そんな時にバイトの客で超金持ちの人がいてて、毎回綺麗なホステスをつれてる同世代の奴がいてた。
「どうせ家が金持ちなんだろう」って勝手に決めつけてた。
だってX5(BMWの四駆)乗りまわして、カードはアメプラ。しかも21歳とかでまさか自分で稼いでいるなんて夢にも思わない。
ちなみにその彼は30前半で会社を売って、今は大家業でのんびり家族と過ごしている。つまり人生を上っている。
そんな彼と運良く仲良くなり、のちに一緒に会社を起こすことになる。その話はまた別で書く。
話を戻そう。
そんな彼に私は、どうしたらそんなに稼げるようになるの?と恥をすててたずねた。
そう当時ITバブルと言われた時代でサイバードやサイバーエージェントなど若手の社長がブイブイいわしていた時代。
Mixiなどもあった。
彼らはアフィリエイターだった。まだ光回線もなくスマホなく、白黒のガラケー時代のアフィリエイターだ。
そして彼は凄腕のエンジニアでもあった。ブラックハットというゴリゴリのSEOで当時のGoogleエンジンは無双できた。
ヤフーも同じく。その当時を知る人はさぞかしいい思いをした人が多いだろう。
わらけるようなぐらい簡単に稼げた。
ひとつだけ事例をあげると、、、あげるとまずい事例ばかりなのでやはりやめとく。
少し長くなってしまったので一旦まとめる。
貧乏すぎて彼女に振られる
稼げば変われると妄信し鬼労働する
超稼いでいる同年代に出会う
後にともに起業する
このnoteを読んでくれている読者の方も人生いろいろあるだろうし、出会いやキッカケもあると思う。
今回このnoteで伝えたいのは「本気で変わりたいと思うことが大事」だと言うこと。
理由はなんであれ、本気で変わりたい!と願ったからこそ、稼いでいる友人に深く関わろうとしたし、行動も変えられた。
このタイトルにもある、なぜこの道を選んだのか?のアンサーとしては
「女にモテたかった」
という非常にチープな理由だけど、そんなもんでいい。
というか、ほとんどの経営者や成功者の理由なんてそんなちっぽけなものだ。
「社会を変えたい」とか「この会社で未来を切り拓きたい」とかで起業した人は私はいまだに見たことがない。
そんなものは大抵後付けだろう。
何もなく不安で、将来さえ見えない真っ暗な10代があり、劣等感の塊だった私に圧倒的な差を見せつけられ、私はここからこのネットの世界で稼いでいくことになる。
それぞれ人には転機は必ず訪れる。
その時にしっかりと動ける準備はしておくべきだ。
これから私も頑張り続けるし、手を止める気はない。その過程をどんどん発信していくから引き続きよろしくお願いします。
それでは、最後までありがとう。
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