ガン横の僕が出会った狂人達

今から15年前当時25歳の僕は茨城の方で環境パトロールという仕事をやっていた
環境パトロールとはなんぞや?!
仕事内容は役所から委託された街の様々な行事の手伝い(アナゴの稚魚の放流)、民家で起こった珍事件(屋根裏に侵入したハクビシンをバルサンで追い込む)、道で死んでいるカラス、猫の死骸の回収、ゴミ収集、山に捨てられた不法投棄の回収、道路に凍結剤をひたすらばら撒いていくなど、いわば役人がやりたくない仕事をこちら側に押しつけてそれを我々が受け持つという、今でいう便利屋みたいな仕事内容だ。
そこに川上さんという先輩がいた。
川上さんは当時定年を過ぎ70歳ぐらいのお年だったと思う。
元漁師の短髪で割腹が良く、前歯は抜け落ち、笑い方が豪快で笑うたび辛うじて残っている一本だけの前歯がグラグラして今にも抜け落ちそうだけどずっと歯痒そうに残っていた。
そんな川上さんと僕はペアで様々な仕事を一緒にやった。
上司が無理やり僕にくっつけたのだ
軽トラックで一日中川上さんと街を練り回る
川上さんはヘビースモーカーで軽トラックの中でやたらとタバコを吸った。
狭い車両だというのに、ハイライトをバカバカやすみなく吸う、ヘビースモーカーの領域を超えウルトラモーカーとでも言っておきましょうか、車内は悪の巣と化していた
灰皿に溜まった吸殻を川上さんは軽トラの窓を開けそのまま道に放り投げていた
現代なら大問題になっている事だ
いや!今も昔もダメな事だ
仮にも環境パトロールという肩書を持ち街を見守り綺麗にする立場の人間がすることではない
僕は流石に川上さんに注意する

「川上さん流石にそれはまずいですって!!」

「かまいやしねぇーべ!!ガハハハハ〜」

相変わらず前歯が揺れていた
この人にとっては人間が作った善と悪の観念など何一つないのだ

そんな川上さんは愛犬家で飼っている犬の話を好んで僕に良く話してくれた
「横須賀くん、今度うちの犬見にくればいいべよ!」
「はい、是非伺わせてください、ちなみにどんな犬種何ですか?」

「雑種だっぺよ!!」

雑種かい!!

わざわざ雑種見せたいかね!!

と思わず先輩にツッコミを入れそうになったが、川上さんは雑種だろうとブランド犬だろうと構いはしない自分が可愛いと思うものはみんな可愛いのだ、確かにブランド犬だからなんだというのだ自分の了見の狭さに猛省した

川上さんは1日に一度は口ずさむフレーズがある

「めんどくせーなーもうけーり(帰り)てーなー!!」

朝一番にはこのセリフを言い、ハイライトを吸い軽トラを走らる。

そんなある日の昼休み、川上さんと昼食を取っていると川上さんが僕に
「横須賀くん俺の筋肉触ってみ!!」と言ってきた
僕は川上さんの腕の筋肉を触る
「どうだ硬てーべ!」
「はい!」
確かに70歳にしては異常な硬さだった
流石は元漁師腕の筋肉はまだまだ健在だった
川上さんの筋肉自慢は止まらない
そうこうしていると川上さんは
「横須賀くん釣り糸持ってこい!」
と言い出した
「はい?」
「釣り糸だよ!釣り糸をこの腕に巻いて糸ぶった切ってやっぺよ!!」
昼休みにやることではない
しかし一度言い出したら止まらないのが川上さん
僕は仕方なく釣り糸を調達し、川上さんに釣り糸を渡し、川上さんは釣り糸を腕に巻き付け始めた
「いいか横須賀くん俺が腕に力いれっから、糸が切れるかどうかようく見とけよ」
「はい・・・」
川上さん70歳のしわくちゃの顔をさらに歪ませ金剛力士像のような太い腕に力を込めた

「いでーーーーーーーーーー!!」

川上さんはこの世のものではないぐらいの雄叫びを上げた
みると釣り糸が川上さんの腕にめり込みまるでボンレスハム状態になっていた
チャレンジ失敗!
血が滴り落ち、みるも無残な腕になっていた
ただの昼飯休憩が地獄絵図

「もうけーーーーる(帰る)!!」

とだけいい川上さんは上に話も通さず勝手に自宅へ帰って行ったのです。
晴れて川上さんの悲願の早くけーりてーなー!!が、達成された日でもあった。
そして腕に力を込めた時、歯にとんでもない圧をかけたのでしょう
川上さんの前歯らしきものが落ちていた
明朝何事もなかったようにけろっとした顔をした川上さんが出社し、昨日の話をすると上司もゲラゲラとら笑っていた。
普通なら怒られていいものの川上さんは許されてしまう。
とんでもない男だ。

「横須賀くん今日も早くけーりてーなー!!」

川上さんの前歯は綺麗に無くなっていた。
あれから15年今では懐かしい幻のような記憶、川上さんは今も元気でやっているのだろうか?

川上さんの愛犬を見る約束は未だに果たせていない・・・

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