あ、昨年と同じで今年度も・・・・・

 私の住んでいる南魚沼市の行政区のまとめ役は、
 
嘱託員と言い一般には区長といいます。
 
都会では、町内会長に当たります。
 
 令和4年度は、私がやりました。
 
  仕事の内容は、行政からの印刷物を各家に配ること、公共事業の
  
  手続き、敬老会の準備、集落の共同作業の準備、財政の会計、
  
 事業の書記その他いろいろあります。
 
 少ない手当でも役目を行います。
 
  近年では、集落は人口減少で高齢化が進み、
 
   やるのは一部の人だけです。
 
  人間ですから面倒なことは、やはり嫌です。
 
  私は、会社を定年退職しました。
 
  しかし現役の会社員は、勤めと両立
 
  するのは厳しい状況です。
 
  私も若い頃は、自由な時間を奪われるみたいで、
 
  嫌だと言う感情が込み上げます。
 
  災害が起こると大変です。
 
  ですから集落の殆どの人が、やりたがりません。
 
  集落に問題が起きると、区長さん「^~~です。
 
  と言われ解決しなくてはなりません。
 
  自分の家庭の仕事の合間を縫って
 
  奉仕しなくてはなりません。
 
  人は、誰でも自由で時間があれば
 
  好きな事をしていたいと思います。
 
  令和4年度も忙しくて大変でした。
 
  令和5年の1月に、近所の人たちと私を含めて
 
  4人私の家の前の家に集まりました。
 
  その中の一人、Kさんは
 
   「もう少しで区長も終わりだな」といいました。
 
   その言葉で私は、少し安らぎます。
 
   しかしそこへ
 
  令和5年どの区長になるはずの順番のAさんが来ました。
 
  Aさんは
 
  「俺は区長をしない」
 
   と言いだしたのです。
 
   私は焦ります。
 
 
   私は、困りました。
 
   Aさんは
 
   「Bさんの倅さんに頼め」
 
と言いだします
 
私は憤りを感じますが、
 
 
仕方なしに
 
「そうする」
 
と言いました。
 
わがまま人ですね。
 
「Hさんは根回しで、Bさんに倅さんに
 
区長をお願いしなさい。Bさんが
 
断ったらまた来年も貴方やりなさい。」
 
といいます。
 
私はその時に
 
「そうします」
 
と答えました。
 
月日は流れ3月になります。
私は、Bさんに
 
「倅さんに次年度の区長をお願いします」
 
と頼みました。
 
Bさんは
 
「うちの倅なんて、分からない」
 
と言う返事です。
 
「だめならまた次年度も私がやりますから、
 
年度末の総会までに考えて下さい」
 
と頼みます。
 
「わかりました」
 
と言いました。
 
その時も私が、次年度も区長を
 
やるのだなと薄々思いました。
 
年度末の総会がやってきました。
 
総会の議事は順調に進みます。
 
 
次年度の区長を決める議事になります。
 
私は、Bさんに
 
「この前話した通りお宅の倅さんは、
 
次年度の区長をできますか」
 
と聞いたところBさんは、
 
「うちの倅は、やらないと言う事ではないが、
 
最初農区長(農区長とは農業のことに関する
 
役目)をやり段々と区長をやることにするが、
 
今年はやらない」
 
と言う返事です。
 
わたしは予測していた通りだなと考えました。
 
他の人たちに
 
「次年度も私が、区長をやります」
 
と告げ知らせました。
 
 結局私は、今年度も区長になりました。
 
    誰もやるのが嫌だと遂いますが
 
    私は、熱心に任務をやりぬき
 
   集落の人の役に立つことも長い人生の中で、
 
    良いことだと自分に言い聞かせます。
 
  

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