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形あるものはいつかは壊れる

子供の頃の記憶

「形あるものはいつかは壊れる」
こんな言葉を子供の頃によく言われた気がする。
お気に入りの茶碗を落として割ってしまった時、長い間使っていたおもちゃが動かくなった時、そんな時だったように思う。

小さい頃は、物を失うことに慣れていない。
ついさっきまで当たり前に存在していたものが、無残な姿で自分の手の上にある。
そんなことが理解できなくて、よく泣いていた。

そんな時は決まって、前述の「形あるものはいつかは壊れるんだよ」と
慰めてもらっていた。

そんなことを僕に言っていた人が、どんな気持ちだったのかはわからないが、幼いながらに不思議な「納得感」を感じていたのを覚えている。

ものを大切に使う

そんな幼少期を過ごしたからだろうか。
物を大切に使うなんてことは、僕にとって至極当然の価値観だった。

「いつかは壊れる」ことを知っているからこそ、大事に長く使うことができる。

自分が気に入ったものを大事に使い、メンテンナンスし、少し壊れたら直しながら使い続ける。
たくさんの物や流行りの物を持っていなくても、お気に入りの物がずっと近くにいてくれる生活には幸せを感じる。

この記事にアップロードしたアディダスのリュックは、実に17年間くらい使っている。
見るからにボロボロだが、仕事の時も遊ぶ時も旅行に行くときも、いつでも活躍してくれる頼りになる存在だ。
これ言うと驚かれることが多いが、このリュック一つでスペイン旅行も行ったことがある―――。

現代は物が壊れない

しかし、この頃は前述の言葉を聞かなくなったように感じる。
あくまで僕の所感であり、実際に使用率が減っているかどうかなんて知らないが、そもそも現代は「物が壊れなく」なっているのではと感じることがある。

そう感じる要因の一つは、使い捨ての物が増えたことである。
使い捨ての物は、壊れることはない。使い終わったら壊れる前に「捨てられる」からである。

そんな使い捨てが当たり前の世の中では、物が壊れる瞬間を見ることができない。物が壊れないのだから「形あるものはいつかは壊れる」なんて考え方を理解できるはずもなく、物を大切にするという価値観も失われるのかもしれない。

そんな価値観が「壊れて」しまう前に、自分の娘には物を大切に使う価値観を残してあげたいと思った。

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