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日記(2021/02/09)

とうとう仕事を辞める決心をして、すごく憂鬱になっている。後ろ指をさされるのが怖い。こういうときは死んだようになってアニメを見ていることが多い。

他にも人生で迷ったときは落合さんのnoteをみたり、Youtubeでジョブズのスピーチをみたり、『ご冗談でしょうファインマンさん』を読んだりする。

ここ3日くらいアニメ版の『進撃の巨人』と、落合さんのnoteを行き来していると何となく自分の考えがはっきりしてきたのでここに残しておきたい。あまりまとまっていないけど、こういうときは時間をおかずに新鮮な言葉を書き残して置くことのほうが重要だ。

自分には信じられるものがない。だから進めないと思った。なにかを始めてはすぐに辞める。その繰り返しだ。全てはくだらない。お金を稼ぐことになんの意味があるというのだろう。今回もそうだ。今やっている仕事がくだらないと思うからだ。

でも、くだらないと考えるなら何か価値基準を持っているはずだ。それが探していた「信じられるもの」なんじゃないのか。

全てが無意味な人生を生きるか生きないかを決めて、もし生きると決めたのなら外にある価値基準を捨てて「魂に刻まれた行動原理」に従って、自分の持てる全てを投入して、その場所を目指す。

自分も、そして時には他人も犠牲にして進む。でも、自分を痛めつけることが目的ではない。生きると決めたのなら、自分を自分を殺す言い訳に使うのは少し違う気がする。

これを実行したら人とは違う生き方になるし、お金を稼げなくて生活にも困るし、他人の目も怖い。ゴミみたいな息子になるし、人に恨まれるかもしれないし、馬鹿にされるかもしれない。そうだ。人の期待をかなり裏切るのが怖いんだ。それでも僕は自分の行動原理に従った生き方しかできない。詰まるところ、自分に正直に生きようということだ。

すべてのものは無意味だという諦めのあとに、生きるという選択をしたあと、何にも気づかず人と社会の期待通りに生きるハッピーな人生を少し羨ましく思いながらも自分の行動原理に従うしかないという諦めがあって、全力で走り抜けるという決心がある。

ああ本当に嫌になる。