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回顧録#2 神様、二度目の登楼。私の改名とソープにおけるマイルール。



神様の二度目となるご来店を、私はデビューから4日後、二度目の出勤でお迎えした。

新たな源氏名が決まっていなかったため、この日は神様とのみお会いすることになっていた。


〝神様〟と呼ぶ初めてのお客様へ触れた前回の記事はコチラ
※18禁記事とはいえ、エグさはないかと思われ。


私は初日の勤務を終え、翌日ソープ稼業用に一冊のノートを作成していた。

・講習内容
・店の取り決め
・神様からの言葉
・初日の記録

それらを書き記したノート。


書いたら次に向かったのが図書館。
歴史文献から女郎や遊郭の記録を読み漁っては、印象的なことを書き足していた。


そして神様の助言通り、そのノートにマイルールの草案を書いた。
ノートは結婚する時に処分し、手元に残っていない。
当時たしかマイルールは6つあったが、記憶しているのは4つだけ。


1.追加料金を頂いて個別交渉に応じない
2.お客様がおっしゃるまで、自分からお客様のご要望を聴かない
3.黒服さんや在籍女性にお客様の悪口を言わない
4.お客様に店や在籍女性の悪口を言わない


神様と初めてお会いした時、「次回、考えたルールを教えて欲しい。」と言われていた。


神様の承諾が得られたら、なんだかルールに従うだけで自分がソープ嬢としての揺るがぬ指針を持てると思い込んでいた。
だから、私は早く神様にノートを見て欲しかった。


神様は部屋に入るとこう言った。

「君は煙草を吸う?」

私は正直に「はい。」と答えた。
初日、スーツから煙草の香りがしたが、私は一服をお勧めするほどの余裕がなかった。

神様が喫煙するのはともかく、私が煙草を吸うと伝えることには多少の抵抗があった。
神様に嫌われやしないかと不安に思っていたのだ。

でも、神様はクシャッと笑いこう言った。
「そうか、じゃあ一緒に一服しよう。」

私はホッとしたが、すぐに訊いた。
「ここは一度お断りするのが良いでしょうか?」

「今後その台詞はしばらく変えなくていい。」
「そういう風に訊けば、客は本心を言いやすいだろうから。」

かくして私は、ソープ人生を上がるまで、お客様から喫煙を勧められるたび、この台詞を使用した。


私は、過日お好きだと聞いていたボウモアと麦茶を準備していた。

当時はお客様のために、数銘柄のお煙草と店では用意のないいくつかの飲み物やおもてなし品を準備するのがソープランドのしきたりだった。
エリア・店によっても異なると思われる。

外は猛暑で、神様はこの後もお仕事とのこと。
二人で麦茶をかたむけ、煙をくゆらせた。

その間、神様は他愛ないお話で私を緊張させずにいてくれた。

「君は知らないだろうけど、年々人は汗をかくのが下手くそになるんだ。」
「だから熱を発散できなくて、夏を一層暑く感じるようになる。」

こんな具合だった。


こうして書くと、20年以上経っても神様の言葉を思い出す自分に驚く。
でも、誰の言葉記憶しているのではない。
神様の言葉は、一つ一つがおまじないのように頭に残るのだ。


それぞれに1本の煙草を吸い終えた後も、私達はまた色々なことを話した。
デビュー後、私は神様の前で泣いたが、自分になにか一つの大きな変化を感じたくらいで、喪失感も、罪悪感も、自分を恥じる心も沸かなかったことを話した。


神様は、私が時折言葉に詰まる時にだけご自身の話をし、それ以外は私の話を聴く時間に充てた。


時間がだいぶ経ってようやく神様は言った。

「宿題の進みはどう?」

私はすかさずノートを差し出した。
神様は、十数ページ書き殴られたノートを、私の黙読よりずっとスローペースに読み進めた。
私は待つ間どこか落ち着かなかった。

読み終えた神様は、私に言葉を掛ける前に次の煙草に火を着け、口に加えて唇だけでそれを固定した。
煙草を口に導いた手を離して、優しく私の頭をなでた。
私は男性に頭を触られるのに嫌悪感があり、美容室でも男性に担当いただくのを避けている。
でも、神様のそれは不思議と嫌ではなかった。

「君は、僕が思うよりずっと賢くて人がいい。」

神様はニッコリ口角を上げ、煙草はスッと天井側に角度を上げた。


ルールは及第点だったらしいが、神様はこの日もアドバイスをくれた。

「このルールを守り切るのは難しい。」
「君がまだ知らないだけで、辛いことも多い仕事だ。」
「だから君は、相手を選ぶ目を磨いて、自分がたまに人に小言を漏らすくらいは許しなさい。」

私は、神様に「一人目の小言先」になってもらうことの承諾をもらった。
そして、もっと上等なノートを用意し、ルールを清書してリスタートすることを決めた。


キラキラネームが自分に合わないとはうっすら思っていたが、いい名前は思いつかなかった。
それは店長も同じだった。
店長は神様の意にそわない源氏名を与えることに、どうやら少し恐れがあったらしい。

それを話すと、神様は私に源氏名の候補をくれた。
「使わなくてもいい。」と言われたが、私は使いたいと思った。
背伸びしすぎだと感じて気後れしたけれど、その名前に合う女性になりたい気持ちの方が大きかった。


後で店長に伝え、私はその名前でやっていくことになった。
また2日程あけて私は店に出る。
その時には、新たな名前とマイルールを持つ私。


以降、回顧録では私の源氏名を〝駒野(こまの)〟と書く。
この名前を本当に使ったことはない。


二度目も神様は、勃起すらしなかった。


「サポート」なる私の稚拙な投稿にはもったいない機能があるとのこと。 どうかご無理なさらないでください。 もしそんな奇特な方がいらっしゃったならば、今後の執筆活動費として、大切に大切に遣わせていただきます。