声劇脚本「機械人形と恋人たちの食卓」

登場人物:2人 時間:10分

あらすじ…冷えた空気とオイルに匂いが漂う恋人たちの暮らし。実は彼女は、亡くした恋人そっくりに作られた機械人形だった。彼女が最期に本当に伝えたかったのは何だったのか。

男「ただいま」
女「サトシくん、おかえり。お疲れ様」
男「あ~~疲れた~~」
女「今日は何してたの?」
男「本読んで、ゲームして、セリフ覚えてた」
女「それ仕事なの?」
男「警備の仕事なんて、やることないから。俺が暇で何もしないってことが、一番平和でいいことなの」
女「そうなんだ。それより、ご飯用意してあるよ。あったかいうちに食べて」
男「あ、ごめん。今日も食べてきた。」
女「あ、そうなんだ…」
男「でもなんか、つまむものでもないかな」
女「用意してあるよ。はい、お酒もちゃんと冷えてるよ」
男「気が利くね。ありがとうユイ」
女「フフ。今晩は私も飲もうかな~」
男「一緒に飲むか。ロック?水割り?」
女「私はストレート」
男「そうだったな。じゃ、乾杯」
女「かんぱーい」
(機械音)
男「オイルってそうやって注すんだな」
女「ちょっと見ないでよ、恥ずかしい」
男「そういえばこないだ言ってたの、大丈夫か」
女「ん?」
男「なんか右腕のねじが緩んでたって」
女「あぁ、サポートセンターに問い合わせたら、替えの部品送ってくれるって」
男「そうか。良かった。一人の時に右腕が外れたら大変だろ」
女「いざとなれば自分で修理するから」
男「ユイは器用だな」
女「そうプログラムされてるから。あっねえそういえば、今度のデートのことだけど、私見たいお芝居があってね…」
男「あっ。ごめん。今日は疲れたからもう寝ようかな」
女「もう寝るの?」
男「うん。ユイもしっかり充電しておいてね。」
女「………」
女「サトシくん、最近ぜんぜんかまってくれないね」
男「え?いや、そんなこと…」
女「夕飯も家で食べてくれなくなったし…」
男「おい、やめろよ…。なんだこれ、バグか?」
女「私が一緒にご飯を食べられないから?」
男「おい…」
女「私が触れても固くて冷たいから?」
男「やめてくれ…」
女「私が本物のユイさんじゃないから?」
男「やめろ!ユイの顔で、ユイの声で、感情のあるふりなんかするんじゃねえよ!」
女「…確かに私に感情なんかない。だけど、ユイさんのデータをもとに私は作られてる。ユイさんが生きてたら、きっと同じように怒って悲しんでいたはず」
男「ユイはもういない。三カ月前に飛行機の事故で死んだんだ」
女「……」
女「私は偽物だけど、一つだけユイさんの本当の言葉を持ってる」
男「言葉?」
女「…猫がいい」
男「は?」
女「猫がいい!」
男「なんだ…?その言葉は」
女「私にも分からないの。彼女のデータの最後の最後まで残っていた言葉。あなたと彼女にとって、すごく大切な言葉のはず」
男「猫…?」

(回想。)

女「サトシー!起きて。私もう行くからね」
男「ん、朝早いね。もう行くの?」
女「朝一の飛行機で出発って言ってあったでしょ」
男「いつ帰ってくるんだっけ」
女「3週間後。すぐ帰ってくるから。いい子にして待ってるんだよ」
男「子どもじゃないし」
女「そんな可愛い顔しないの。行きたくなくなっちゃう」
男「ほんと気を付けてね。治安とか、悪いんじゃないの」
女「ハハ、プラハはそんな治安悪くないよ。千葉の方がよっぽど悪いって。」
男「そっか。頑張ってね、舞台」
女「うん。サトシも。仕事も演劇も頑張って」
男「まあほどほどにね…ほんと、寂しくなるよ」
女「…私もだよ。だけど、私の夢だから。プラハの劇場に立つのが」
男「実際に見れないのが残念だよ」
女「写真撮ってくるからさ。…さ、もう行かないと。飛行機乗り遅れちゃう」
男「あっ!ま、まって」
女「んー?」
男「ユイが日本帰ったら、引っ越そう。どっか田舎とかに」
女「え?」
男「それで、小さい家とか買ってさ。こんなぼろいアパートじゃなくて」
女「うん」
男「それで、ユイは好きな仕事して、俺も、もうちょっと稼げる仕事に就いて、それで…」
女「うん」
男「犬とか飼ってさ」
女「犬?」
男「うん、犬。それでさ…」
男「………結婚しよう」
女「………」
男「……どう?」
女「えっと………」
女「その返事、帰ったらでいい?」
男「えっ」
女「今は私の人生の大イベント前で、ちゃんと考えられないし」
男「あ、あぁ。分かった」
女「じゃ、いってくるね」
男「いってらっしゃい」

(飛行機の音)
(着信音)
男「はい。あ、はい、そうですが…。」
男「えっ?飛行機が?そんな。ユイは!?ユイは…。…生存者は……ゼロ…」
テレビ「…次の商品です。人格を学習するコミュニケーションAI。料理やマッサージなどの便利な機能付き。寂しい日常を明るくする。未来の、夢のロボットです…」
(回想終わり。)

男「あぁ、猫。猫にしよう。何匹だって飼おうよ。ユイ…」
女「サトシくん…」
男「さっきはごめん。酷いこと言って」
女「ううん、いいの。大丈夫。」
男「ご飯、食べるよ。作ってくれたんだろ。」
女「ありがとう。」
男「今度のデート、どこに行きたい?」
女「下北沢、行きたいな」
男「いいねぇ」
【おわり】

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