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PGT-M(単一遺伝性疾患の方のための着床前診断)の意思決定に与える要因

着床前診断にもいくつかの種類があります。

上記のnoteで紹介しているものは、胚の異数性の検査であり、これは疾患であったり、遺伝ではなく「誰にでも起こりうるエラー」を調べる検査です。
これは流産率を下げ、妊娠率を高めていく検査なので、この検査のメリットを享受するのは治療を受ける夫婦です。

一方で、遺伝や疾患と密接に関わっている着床前診断があります。
これが、PGT-M(Preimplatiton Genetic Testing for Monogenic Disorders、旧PGD)です。

遺伝性の疾患ですから、男女どちらかがそのご病気を発症している可能性もあります。

そうなると、自分がこれまで受けた様々な困難や苦しいことをお子さんに与えてしまうことになるのかという点や様々な葛藤が起こりえます。

発症していない場合であっても、生まれてくるお子さんへ病気が遺伝してしまったらどうしようという恐怖は計り知れません。

そのため、この検査のメリットを一番に享受するのは生まれてくるお子さんです。

一方で、どの疾患を「重篤な」遺伝性疾患とみなすのか、ということについても常々議論がなされるところです。

日本では特にこのPGT関連は「命の選別」というレッテルを早々にはられたこともあり、とかく厳しい判断を受けている印象もありますが、
とにかく一つ一つの疾患に対して、丁寧に判断していくしかないと言えます。

なお、現在PGT-Mができる医療機関は様々な理由から限定的になっています。大学病院での実施が基本的になると考えて、大きくずれはないと思います。

さて、今回発表された論文では、このPGT-Mの意思決定の要素に何が関わっているのか、ということの横断研究です。

Lin Cheng et al.Hum Reprod . 2022 Aug 25;deac185.

この研究は、オーストラリアで行われた研究で、一方または両方のパートナーが常染色体優性、常染色体劣性、または X 連鎖遺伝性病原性バリアントの保因者であり、PGT-M を受けたか、または検討しているというカップルを対象として行われました。
279名が参加しており、平均年齢は32.42 (4.84)となりました。
個人的には、PGT-Aの研究などと比べると平均年齢が低いと感じます。
PGT-Mを受けた方と検討している方々はおよそ半分ずつで、参加者の80%以上は既婚者でした。

質問事項としては、
・PGT-Mについてどれくらい知識を持っているか
・PGT-Mの実践的な知識(Yes or Noの二択問題で、例えば、PGT-Mは染色体のエラーまたは遺伝子変異を遺伝的に修正できる、というような問い)
・これまで受け取った情報の一貫性
・受け取った情報に対する満足度
・自己効力感(まったく自信がない、非常に自信がある、などの回答)
・PGT-Mに関する意思決定支援のための、パートナーからのサポートはどれくらいあったか
・好まれる情報源のランキング(Webサイト、医療関係者、同じ経験を持つ人、書籍、論文など)

という質問が用意されており、結果指標として、

意思決定を後悔している(強く同意するから強く同意しないまでの5段階評価)
意思決定に満足している(全く満足していないから非常に満足しているまでの10段階評価)
利用可能な生殖オプションを知っていますか(意思決定の対立を調べるための質問)

がありました。

PGT-Mを受けたカップルの結果

PGT-M を受けたカップルの場合には
意思決定に対する後悔は、受け取った情報の一貫性自己効力感、および PGT に関する実践的な知識の有意に負の関連がありました。
一方、意思決定の満足は、受け取った情報に対する満足 および自己効力感 と正の関連がありました。

PGT-Mを検討しているカップルの場合

意思決定の対立は、受け取った情報に対する満足度と負の関連がありました ( β= −0.56、P < 0.001)。満足度が低い程意思決定できていない。

PGT-Mを受けた「女性」の場合

PGT-M を受けた女性の場合、意思決定の後悔は、受け取った情報の一貫性の認識 に加えて、パートナーからの社会的支援と負の関連がありました。
このグループでは、意思決定の満足度は、受け取った情報に対する女性の満足度パートナーからの社会的支援、および自己効力感と関係していました。

PGT-Mを検討している「女性」の場合

意思決定の対立は、受け取った情報に対する満足度 およびパートナーからの社会的サポート と負の関連がありました。

このような結果から、PGT-Mの意思決定にあたっては、患者さんが受け取る情報の一貫性とその情報への満足度がとても重要で、患者さんの自己効力感を高めるような働きかけが重要であることがわかりますし、パートナーからの支援も大切な要素であることがわかります。

この研究は、PGT-Mという不妊治療の中でも特に重大なテーマで取り上げられていますが、通常の体外受精などであっても共通する部分が沢山あるように思います。

患者さんに提供する情報に一貫性があるか、
それは患者さんが満足するだけの情報であったか、
患者さんの自己効力感、自己肯定感を高められるようなアプローチか、
パートナーからの支援がうまく得られているか、

このあたりは常々意識したいと思います。
日本ではまだまだ潜在的なものも含めてパターナリズムが強いと感じます。
医師の先生方にも、特に情報の一貫性やそれが患者さんが満足するだけのものであるかについては意識してほしいなと思いました。

患者さんが不妊治療を通じながらも、自己肯定感をできるだけ高められるような試みは、やはり心理的支援が欠かせません。
より広く心理職の方々が活躍され、患者さんの心のケアが当たり前になることを願っています。

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