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散歩

「ねえ、烈!」
後ろから声を掛けてきたのは、幼馴染の阿賀飯 宇眞(あかめしうま)だった。俺は振り返って一言挨拶した。
「やあ、宇眞」
「寿司、握ってみたんだけど……どうかな」
宇眞の手には、寿司下駄とその上に乗った五種類寿司が置いてあった。俺はその中からエンガワを取り、口に入れた。
「どう?」
酷い出来だ。俺はそれを正直に伝えることにした。
「ネタも一流、シャリも一流だ。だがな宇眞、お前の腕が最悪だよ」
「そ、そっか……」宇眞は少し残念そうな表情を見せた。
「ネタもシャリも実に美味い、ただ両方が見事に調和していないんだよ。前回からまるで成長していない。分かったらさっさと──」
「ねぇ、烈くん……」俺が宇眞を追い払おうとした時、宇眞が俺の肩を掴んだ。
「何?」
「私……」
──ガタンゴトン、ガタンゴトン、ポッポー!
「私、烈くんのこと──」
ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン……
宇眞が何か言いかけた時、近所の名物「汽車おじ」が俺たちの前を横切った。彼はこの時間になるといつもこの界隈を汽車の真似をしながら巡回するのだ。噂によれば、戦後には既に巡回していたとかしてないとか。
「今、何か言ったか?」
「ううん、何でもないの!」彼女は何か言いたげな様子だったが、寿司下駄を持ってそのまま走り去っていった。

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