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夏のできごと

「たーまやー!」

一際大きな花火が上がり、健吾が隣で大声を上げた。

「今のむっちゃでかかったなー!」

ほら、めちゃくちゃきれいな写真が撮れた!そう言って、スマホの画面を見せてくる。

確かにきれいに撮れている、けどー

「健吾の学校明日テストだろ?こんなとこにいていいの?」

今日だって、一足先にテストが終わったぼくのところに「勉強教えてくれー」と健吾が家に押しかけてきたのが夕方。それからほとんど勉強しないうちに、「やっぱ花火行こ!」と引っ張ってこられてここにいる。

「いいか悪いかって言ったら悪いけど…」

健吾が口を尖らせる。

「でもこの前ここ見つけて、めちゃくちゃ穴場じゃー、って思って、で、浩太と一緒に花火見たいなって思ったから…」

確かに、高台に立つ神社の裏手からは、少し離れているけどとてもよく花火が見えた。

「だからって、なんでぼくなの?」

ぼくたちは幼なじみで、小さい頃はいつも一緒にいた。だけど、身体が大きくて明るい健吾と、身長が低くて社交的でもないぼくでは、学校の中での立ち位置がまるで違っていった。

健吾の周りにはいつも明るく目立つグループ。ぼくはおとなしいグループになんとなく入っているか、もしくは一人でいた。

そうなっても健吾はぼくに変わらず仲良く接してくれようとしたけれど、それがぼくを余計に惨めな気持ちにさせた。

だからぼくはその惨めさを感じなくて済むように、勉強を頑張った。そして最近ようやく、自分にもそれなりの価値がある、と思えるようになってきた。

なのに、やっぱり、こうして健吾といると、あの惨めな気持ちが戻ってくる。

明るくて、優しくて、格好良くて、ぼくが本当に欲しいものをそのままで持っている健吾が近くにいると、ぼくは自分が本当に欲しいものは一つも持っていない、ということを残酷に実感させられる。

それがたまらなく嫌で、怖い。

「ぼく、もう」

帰る。

と言おうとして立ち上がる。その時、健吾が短く叫んだ。

「俺は!」

勢いよく立ち上がり、真剣な表情でぼくを見る。

「俺、お前が好きだ!」

ドーン!一際大きな花火が打ち上がり、健吾の顔を赤く照らす。

「好き、って友達としてじゃないからな。彼女…じゃないけど、そういう好き、だから」

「俺、最近、ずっと浩太のばっか考えてて、今度いつ会えるかな、とか、いつも一緒にいたいなとか、そんなことばっか、で、俺、浩太が大好きだって気づいて!」

健吾の息遣いが荒くなっている。

「ここ見つけた時だって、絶対浩太と来たいって思って、隣で一緒に花火見て、きれいだなって一緒に笑って、で、それから、キス、とか、そんな・・・」

花火が止み、急にしん、と音が消える。

「なんで?」

自分の声が震えるの分かる。

「なんでぼくなの?」

さっきと同じ質問、だけど今度は意味が違う。

「健吾みたいな人がなんでぼくなの?」

「ぼくなんて、ちびで、かっこよくもなくて、面白くもないし、誰からも好きなんて言われたことないのに…」

そう言いながらぼくは泣いていた。これまで遠ざけてきた惨めさが全身を貫いて、ただただ涙が出てくる。

「浩太?」

まさかぼくが泣き始めるとは思っていなかったんだろう。さっきまでの勢いは消えて、健吾がおろおろしている。

「ぼく、健吾といると自分が惨めでたまらないんだ…」

なんでぼくは健吾みたになれないんだろう…。そのあとは言葉にならず、ただ嗚咽が漏れるだけだった。

「浩太…」

そう呟いてしばらく、健吾は「ごめん!」と叫んで、

ぼくを抱きしめた。

火薬の匂いと雄司の匂いがぼくを包む。

「ごめん、俺、臭いだろ?」

腋臭みたいなんだ、とぼくの耳元でささやく声は、とても照れているようだった。

「他にも俺いろいろ、馬鹿だし、朝起きれないし、だから、お前が思っているみたいなかっこいい奴じゃないよ。だから、そんなこと言わないでくれよ」

「俺、浩太のことずっと見てきて、なんでも一生懸命なところ本当にすごいな、って。それに小さいのだって、顔も、小動物みたいで俺、めちゃくちゃかわいいな、ってずっと思ってて」

健吾の話を聞いているうちに涙は止まっていた。

「…知ってる」

健吾の胸に顔を埋めたままぼくは話した。

「昔、二人で仲直りの時にやった『ぎゅーごっこ』。そん時から健吾、こういう匂いするって知ってる」

「え!?」と言って健吾はぼくの顔を覗き込んでくる。

「うそ!?そん時から?」

まじかー。ぼくの肩に頭を押し付けてくる。

「でも俺も思い出した」

と言って、健吾がぼくの首筋の匂いを嗅ぐ。

「俺、この匂いが大好きだったんだ。浩太、なんか甘い、いい匂いがする」

そう言って、すーっと大きく息を吸い込み、吐き出す。

その息が首筋に当たり、「あう!」とぼくの口から今まで漏れたことのない音が出てきた。

「あれ?浩太、感じちゃった?」

今度は意地悪な笑顔を浮かべて健吾が覗いてくる。

「…分かんない」

自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。

「ーーーー!」

声にならないうめき声をあげて、健吾がまたぼくを抱きしめる。

「かわいい!!!」

「俺、絶対、浩太、離さない!」

く、苦しいよ、と言って抵抗するけど、力では全く敵わない。

それならー、

ぼくは首を捻って健吾を下から見上げ、そして目を瞑る。

ごく、と喉が鳴る音が聞こえ、一瞬で健吾の腕の力が抜けた。

そのまま抜け出そう、と思って目を開けると、真剣な顔をした健吾と目があった。

その目は潤んでいるような、ぎらぎらと光っているような、なんとも言えない輝きがあって、その輝きはぼくの胸の奥に移っていった。

『いよいよ本日最後の打ち上げになります!』

そのアナウンスが聞こえた記憶は全くない。

健吾がおそるおそる、でも確かに顔を近づけてきて、優しく唇が重なった。

その感触はいつまでも続き、クライマックスの連続花火の残響が消えた時、ようやく唇が離れた。

お互い顔を見合わせ、照れ笑いして、恥ずかしさを誤魔化すようにもう一度抱き合う。

「俺、めちゃくちゃ幸せ」

ぼくも。

そう呟いて、健吾の胸の中で大きく息を吸う。

「ぼくも、健吾の匂い、大好き」

「俺ら、両思いじゃん」

「うん」

「花火終わっちゃったな」

「うん」

「また来年来ような」

「うん」

「その先もずっと一緒に来よう」

「うん」

あ、でも今日は帰ったら勉強だよ。そう言うと、ぐへー、と健吾が変な声をあげて、それがあまりおかしい声だったから、二人で大笑いした。




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